VARIANTAS ACT8 赤銅騎
Captur 1
[サンヘドリン本部中央会議室]
「戦艦、駆逐艦、巡洋艦、空母…一個体のヴァリアントによるものとしては、史上最大の損害です」
「それに超空間ゲートによる大規模強襲…脅威に他なりませんな…中将…」
ガルスは腕を組んだまま答えた。
「例の新型は?」
「はい。まだ解析の途中ですが、現在のところ、どの系統のヴァリアンタスにも属さない独立した構造を持っていることがわかりました。それと、このヴァリアントが発した言葉から、これは“有人機”であるとおもわれます。奴らは今後、次々に新型を開発して、実戦へ投入してくるでしょう…」
ざわつく会議室。
「故に我々は立ち止まる事が許されない。支部建設に新型機の導入…やらなければならない事は山積みだ…」
中央に映し出されるホログラム。
「世界7ヵ所に建設予定の支部施設…特別に教育した管理官を置き、二個大隊規模の機動戦力を配備。本部メインコンピューター『ユグドラシル』と、超大容量高速通信回線で接続し、リアルタイムでの情報交換を行う」
ホログラム画面の内容が切り替わった。
「次期主力機体の開発には、複数の企業が参入することが、統合体での決議によって決定した。試作機は、従来通り、トライアル期間を経て決定する」
画面が消える。
「この戦争は、何としても勝利せねばならない。地球上の全被造物の為に…『サンヘドリン(最高法廷)』の名の下に、敵対者に滅びを…!」
************
彼は自分の機体を遠目で眺めた。
両腕は砕け、辛うじて上腕の一部と、肩フレームが残っている。
両膝は砕け、塗装もはげ落ち、つまりは、鉄屑だ。
HMA‐h1AV・火星圏用カスタム機。
彼が、火星での『仕事』の為に手を加えた機体だ。
彼の手元に来た時は、ノーマルの機体だったが、彼自身がやりくりして、個人的にチューンした物だ。
炉心は、リミッターを解除してROMチューン。
ハイコンプレッションタービン四基に高性能インタークーラーを装備。
駆動系は高密度鍛造ハイコンプシリンダーを入れ、足回りは電磁気サス化。
防塵処理も完璧。
言うなれば、手塩にかけたパートナーだった。
それが今ではただの鉄塊で、動かすどころか、起動さえできない。
彼は一つ大きく溜め息をつくと、手袋をはめ、プラズマトーチとバールを持った。
「装甲、ひっぱがすか…」
彼は、この機体を修理しようとしていた。
――数分前
「そういやさ、俺のロンギマヌスって今どこにあんの?」
一応の手続きを終え、部屋のキーを受けた彼は、その事を報告するついでに、自分の機体が今どこにあるかをグラムに聞いた。
「あのスクラップか?」
「ス、スク…!?え!?…ひど!」
「25番ゲージに保管してある」
それで今、彼はその25番ゲージに居る。
トーチに火を入れ、装甲に切れ目を入れていく。
装甲が歪んでいて、ピンを外せない。強引に切り取るしかない。
プラズマジェットがチタンの表面装甲に熱を入れていく。
チタンはチタンでも、特殊鋼だ。なかなか切る事が出来ない。
やっとの事で表面装甲に切れ目を入れ、隙間にバールを差し込む。力を込めて思い切りこじる。
軋む様な音を立てる装甲板。
額から汗が流れ落ち、装甲の上で蒸発した。
ゲージ内の空調が入っていない。
勝手が解らない彼は、道具を使えても他の設備を使えなかった。
「くそ!あっちぃ~!」
トーチも使い、身体を動かした彼にとって、今室内は蒸し風呂状態だった。
ハンマーを手に取り、装甲を叩く。
響き渡る打撃音。
「だー!くそ!油圧カッターが無きゃ取れねぇ!」
工具を投げ出すビンセント。
その時。
「お前がこいつの持ち主か…」
ビンセントは声のする方を見た。
「あん…?」
「兵隊のくせに、自分でメカいじるたぁ珍しい奴も居たもんだ」
「おっさん誰?」
男はビンセントにミネラルウォーターのペットボトルを投げ渡した。
「俺は唯の技術屋。ここで術長やっとる」
「ふーん…」
ビンセントは水を一気に飲み干し、気の無い返事を返す。
「で、どうする?こんなスクラップまた修理して乗り回す気か?」
「あんたにゃ関係ないでしょ?」
術長は一瞬笑ってからビンセントに言った。
「可愛いげの無いガキだ…この機体とそっくりだよ。まったく…」
「勝手にいじったのか?」
「なに、ちょっと覗いただけだよ。かなりいじっとるな…素人でここまで出来れば上出来だ…と言いたいが…」
「なに?」
「自分で気付かんのか?」
「足回りも変えたし、出力アップもしてある。冷却系も強化してるし…」
「これだから解っちゃいねぇ…」
眉間にしわを寄せるビンセント。
「何だよ! 何がいけねぇって言うんだ!」
術長は冷静に言い返した。
「重力制御、イカレただろ?後を追う様にバーニアも」
「…ああ…」
「第一、起動が遅かっただろ?」
「……」
全ての異常を言い当てる術長。
「やっぱりな…お前、こいつの修理諦めろ」
「な、何?」
「故障の原因は戦闘ダメージだけじゃなく、お前のせいだ」
「え、ちょっ、ちょっと待てよ」
「解ったら、また来い。手伝ってやる」
術長は、ゲージの電源を落とし、出て行った。
照明が消え、換気扇が止まる。
ビンセントは、いびつな形に変形したロンギマヌスのシルエットを暫く眺め、ペットボトルを遠くに投げた。
Captur 2
『痛いよ…』
小さな、消えてしまいそうな声。
『脚が…腕が…お腹が痛いの…』
『痛い…助けて…お願い…助けて…』
ビンセントがベッドから起きた。
時計を見れば、まだ夜中の三時だった。
ずっとこんな調子だ。
最初は飛び上がって目を覚ましていたが、こんな夢が三日も続けば、慣れてしまう。
慣れてしまうが、彼は非常に不快に感じていた。
部屋に荷物も入れたし、元通りとまではいかないが、生活のペースも取り戻した。
だが、彼にとっては、一つ大きく欠けている物があった。
『ロンギマヌス』だ。
この三日、何度修理に行っても術長に『帰れ!』と言われる始末…。
いっその事、得意の『サボタージュ』で術長を消そうと考えたが、『多分、グラムに殺されるだろう…』と思い考え直した。
「何がいけないんだ…?」
ビンセントは、ようやく『原因』を考慮し始めた。
と、その前に、身体をベッドから下ろし、シャワー室へ。
早めの朝湯を浴びた。
************
「ビンセントが?」
「ええ。最近、長髪の男が出入りしてるって技術部の人達が話してるのを聞いて…。どうやらあの機体を修理しようとしてるみたいで…」
「そうか」
グラムは意に介さないかの様な返事。
「でも、彼には既に新しい機体が充てられているのでしょう?」
「ああ。まだ言っていないがな…」
「言ってきます?」
「まだ暫く放っておけばいい…エステル…男には、終わらせなければ、どうしても気が済まない事がある」
エステルは苦笑して言った。
「人間の女性は、苦労するわね…」
「………」
************
[サンヘドリン本部中央会議室]
「戦艦、駆逐艦、巡洋艦、空母…一個体のヴァリアントによるものとしては、史上最大の損害です」
「それに超空間ゲートによる大規模強襲…脅威に他なりませんな…中将…」
ガルスは腕を組んだまま答えた。
「例の新型は?」
「はい。まだ解析の途中ですが、現在のところ、どの系統のヴァリアンタスにも属さない独立した構造を持っていることがわかりました。それと、このヴァリアントが発した言葉から、これは“有人機”であるとおもわれます。奴らは今後、次々に新型を開発して、実戦へ投入してくるでしょう…」
ざわつく会議室。
「故に我々は立ち止まる事が許されない。支部建設に新型機の導入…やらなければならない事は山積みだ…」
中央に映し出されるホログラム。
「世界7ヵ所に建設予定の支部施設…特別に教育した管理官を置き、二個大隊規模の機動戦力を配備。本部メインコンピューター『ユグドラシル』と、超大容量高速通信回線で接続し、リアルタイムでの情報交換を行う」
ホログラム画面の内容が切り替わった。
「次期主力機体の開発には、複数の企業が参入することが、統合体での決議によって決定した。試作機は、従来通り、トライアル期間を経て決定する」
画面が消える。
「この戦争は、何としても勝利せねばならない。地球上の全被造物の為に…『サンヘドリン(最高法廷)』の名の下に、敵対者に滅びを…!」
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彼は自分の機体を遠目で眺めた。
両腕は砕け、辛うじて上腕の一部と、肩フレームが残っている。
両膝は砕け、塗装もはげ落ち、つまりは、鉄屑だ。
HMA‐h1AV・火星圏用カスタム機。
彼が、火星での『仕事』の為に手を加えた機体だ。
彼の手元に来た時は、ノーマルの機体だったが、彼自身がやりくりして、個人的にチューンした物だ。
炉心は、リミッターを解除してROMチューン。
ハイコンプレッションタービン四基に高性能インタークーラーを装備。
駆動系は高密度鍛造ハイコンプシリンダーを入れ、足回りは電磁気サス化。
防塵処理も完璧。
言うなれば、手塩にかけたパートナーだった。
それが今ではただの鉄塊で、動かすどころか、起動さえできない。
彼は一つ大きく溜め息をつくと、手袋をはめ、プラズマトーチとバールを持った。
「装甲、ひっぱがすか…」
彼は、この機体を修理しようとしていた。
――数分前
「そういやさ、俺のロンギマヌスって今どこにあんの?」
一応の手続きを終え、部屋のキーを受けた彼は、その事を報告するついでに、自分の機体が今どこにあるかをグラムに聞いた。
「あのスクラップか?」
「ス、スク…!?え!?…ひど!」
「25番ゲージに保管してある」
それで今、彼はその25番ゲージに居る。
トーチに火を入れ、装甲に切れ目を入れていく。
装甲が歪んでいて、ピンを外せない。強引に切り取るしかない。
プラズマジェットがチタンの表面装甲に熱を入れていく。
チタンはチタンでも、特殊鋼だ。なかなか切る事が出来ない。
やっとの事で表面装甲に切れ目を入れ、隙間にバールを差し込む。力を込めて思い切りこじる。
軋む様な音を立てる装甲板。
額から汗が流れ落ち、装甲の上で蒸発した。
ゲージ内の空調が入っていない。
勝手が解らない彼は、道具を使えても他の設備を使えなかった。
「くそ!あっちぃ~!」
トーチも使い、身体を動かした彼にとって、今室内は蒸し風呂状態だった。
ハンマーを手に取り、装甲を叩く。
響き渡る打撃音。
「だー!くそ!油圧カッターが無きゃ取れねぇ!」
工具を投げ出すビンセント。
その時。
「お前がこいつの持ち主か…」
ビンセントは声のする方を見た。
「あん…?」
「兵隊のくせに、自分でメカいじるたぁ珍しい奴も居たもんだ」
「おっさん誰?」
男はビンセントにミネラルウォーターのペットボトルを投げ渡した。
「俺は唯の技術屋。ここで術長やっとる」
「ふーん…」
ビンセントは水を一気に飲み干し、気の無い返事を返す。
「で、どうする?こんなスクラップまた修理して乗り回す気か?」
「あんたにゃ関係ないでしょ?」
術長は一瞬笑ってからビンセントに言った。
「可愛いげの無いガキだ…この機体とそっくりだよ。まったく…」
「勝手にいじったのか?」
「なに、ちょっと覗いただけだよ。かなりいじっとるな…素人でここまで出来れば上出来だ…と言いたいが…」
「なに?」
「自分で気付かんのか?」
「足回りも変えたし、出力アップもしてある。冷却系も強化してるし…」
「これだから解っちゃいねぇ…」
眉間にしわを寄せるビンセント。
「何だよ! 何がいけねぇって言うんだ!」
術長は冷静に言い返した。
「重力制御、イカレただろ?後を追う様にバーニアも」
「…ああ…」
「第一、起動が遅かっただろ?」
「……」
全ての異常を言い当てる術長。
「やっぱりな…お前、こいつの修理諦めろ」
「な、何?」
「故障の原因は戦闘ダメージだけじゃなく、お前のせいだ」
「え、ちょっ、ちょっと待てよ」
「解ったら、また来い。手伝ってやる」
術長は、ゲージの電源を落とし、出て行った。
照明が消え、換気扇が止まる。
ビンセントは、いびつな形に変形したロンギマヌスのシルエットを暫く眺め、ペットボトルを遠くに投げた。
Captur 2
『痛いよ…』
小さな、消えてしまいそうな声。
『脚が…腕が…お腹が痛いの…』
『痛い…助けて…お願い…助けて…』
ビンセントがベッドから起きた。
時計を見れば、まだ夜中の三時だった。
ずっとこんな調子だ。
最初は飛び上がって目を覚ましていたが、こんな夢が三日も続けば、慣れてしまう。
慣れてしまうが、彼は非常に不快に感じていた。
部屋に荷物も入れたし、元通りとまではいかないが、生活のペースも取り戻した。
だが、彼にとっては、一つ大きく欠けている物があった。
『ロンギマヌス』だ。
この三日、何度修理に行っても術長に『帰れ!』と言われる始末…。
いっその事、得意の『サボタージュ』で術長を消そうと考えたが、『多分、グラムに殺されるだろう…』と思い考え直した。
「何がいけないんだ…?」
ビンセントは、ようやく『原因』を考慮し始めた。
と、その前に、身体をベッドから下ろし、シャワー室へ。
早めの朝湯を浴びた。
************
「ビンセントが?」
「ええ。最近、長髪の男が出入りしてるって技術部の人達が話してるのを聞いて…。どうやらあの機体を修理しようとしてるみたいで…」
「そうか」
グラムは意に介さないかの様な返事。
「でも、彼には既に新しい機体が充てられているのでしょう?」
「ああ。まだ言っていないがな…」
「言ってきます?」
「まだ暫く放っておけばいい…エステル…男には、終わらせなければ、どうしても気が済まない事がある」
エステルは苦笑して言った。
「人間の女性は、苦労するわね…」
「………」
************
作品名:VARIANTAS ACT8 赤銅騎 作家名:機動電介