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真・三国志 蜀史 龐統伝<第一部・劉備、蜀を窺うのこと>

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其の参 劉備、張魯を攻めんとするのこと


 劉備軍の目下の目的は、漢中の張魯を討つことであった。
 張魯、字は公祺。豫州沛国豊県の人。
 漢中の地にて五斗米道なる宗教団体を率いる指導者である。
 劉備軍がこの蜀の地にあっさりと入り込むことが出来たのは、この張魯が原因であった。領土を広げようと、度々劉璋の国に進行軍を差し向けてくる張魯を劉備軍で撃退して欲しい、そう劉璋が考えたことで、よそ者である劉備軍は快く受け入れられたのである。
「ふぅむ……」
 法正によってあてがわれた自室で、龐統は漢中の地形図をにらみつけていた。
「龐統殿」
 突然の呼びかけに龐統が顔を上げると、いつの間に部屋に入ったのか、法正が机の向こう側に立っていた。
「おや、法正殿。どうかしたかね? 私は今、ちょいと忙しいんだが」
 いつもの飄々とした調子で答える龐統に、法正は苦笑いを浮かべつつ歩み寄る。
「お忙しいところ恐縮ですな。しかし、一応お耳に入れておこうかと思いまして」
「……張魯について、かな?」
「ええ」
 先ほどから自分の手元にある漢中の地形図を法正がちらちらと気にしているのが龐統にもわかっていた。頷いた法正は部屋に誰もいないにもかかわらず、少しだけ声を潜めて話し出した。
「張魯殿を討ち、その後に劉璋殿も討ってこの蜀を得るのが我々の計画でございます。しかしながら、私は張魯殿を打つというその点に関してだけは張松や孟達と意見が食い違うのです」
「というと?」
「張魯殿は義のあるお方です。無論、劉備殿を我らの殿と仰ぎ、天下へ乗り出す決意は変わっておりませぬが……しかし、仁を掲げる劉備殿であるがゆえに、張魯殿を攻めるは悪、と思われるのです」
 法正の言葉は更に続き、張魯が治める漢中では街道が各所に敷かれ、休憩所や食堂も造られ、寄進された米なども貧しい民に施すという善政を取っているのだと説明した。
「ですからどうか、張魯殿を我々の同士として迎え入れることを考えて欲しいのです」
「なるほどねぇ……」
 神妙な表情で頷きつつも、龐統の中で答えは決まったも同然だった。
 もともと龐統は襄陽の名士の家の生まれではあったが、叔父の龐徳公や弟の龐林も襄陽の劉表に仕えようとはしなかった。特に龐徳公は名士・隠士の多い襄陽でも名の知られた名士で、劉表は幾度となく仕官を要請したが断り続けた。そしていつも、少しばかり裕福な名士として、平々凡々な暮らしを送っていた。その龐徳公の甥である龐統もそれは同じである。
 劉備に仕官したばかりの龐統が、滞らせた一月分の仕事を半日で全て片付けたのも、民の望みが何であるかを龐統が理解していたからである。
 ならば龐統が、民に望まれた君主である張魯を無闇に討つわけがなかった。
「少し考えさせておくれ。殿と話してくる」
 そう言うと龐統は、法正を自室に残したまま劉備の寝室へと向かった。


 それから数日が過ぎて、劉備軍は張魯の軍と交戦中であった。
 張魯と劉璋の領土の境目近くに配された劉備軍の本陣。その天幕の中で、龐統は先ごろ放った斥侯の帰りを待っていた。
「軍師殿!」
 そこへ一人の男が慌しく駆け込んできた。
「李恢殿。どうかしたかね?」
「手はずどおり、馬超殿をお連れしました」
 入ってきたのは李恢、字は徳昂。元は劉璋の配下であったが、彼もまた劉備入蜀を快諾し、水面下での協力体制を敷く一人であった。李恢は劉備とも謁見し、その場で劉備から直々に、漢中に身を寄せる馬超を引き抜くようにと命じられたのであった。
「それは良かった、馬超殿をここに通しておくれ」
「はい」
 頷くと李恢は一度天幕を出て、すぐに戻ってきた。
「どうぞ」
 李恢に促されて、逞しい筋肉質の男が窮屈そうに天幕の中に入ってきた。
 男の名は馬超、字を孟起という。かつては涼州で勇名を馳せていた名将であったが、涼州が曹操の攻撃を受け、父親であった馬騰が死に、一族のほとんどが皆殺しにあってからは、単身で張魯のもとに身を寄せていた。
 馬超はその後幾度か張魯から兵馬を借りて曹操軍と戦ったが、思うような戦果を挙げられず、徐々に張魯に疎まれていたのである。その話を聞きつけた龐統は、劉備に馬超を引き抜くように進言。都合よく李恢という弁の立つ味方を手に入れた劉備は馬超引抜を李恢に言い渡したのだった。
「……俺を呼び寄せた劉備というのは、貴公か?」
「いや、私は龐士元。劉備殿の軍師さ」
 粗暴な外見に似合わず、馬超は落ち着いた声音で龐統にたずねる。その様子も、龐統には幾分好印象を与えた。
「軍師殿か。龐統殿、貴公が俺の引抜を命じたというのか?」
「そうだねぇ。確かに、指示を出したのは私さね。劉備殿にお前の引抜を進言したのは私だからねぇ」
「…………」
 龐統の飄々とした態度に、馬超は少し気に障ったように目を細める。
「ま、ま、馬超殿。龐統殿は貴殿を歓迎しておられるのですよ。こちらから求めたとはいえ、貴方は投降将。少しばかりの龐統殿の無礼も、不義理にはなりますまい?」
「……ふん」
 李恢の言葉に馬超は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、それ以上龐統に文句を言おうとはしなかった。程なくして馬超と李恢を下がらせた龐統は、別の天幕で状況報告を受けている劉備に会いに向かった。
「それで龐統、何があった?」
 普段は地勢図を睨みつけて自分の天幕にこもりっきりの龐統が召喚されずに出向いてきたことに、劉備は少し違和感を覚えた様子で首を捻る。
「李恢殿が馬超の引き抜きに成功したそうです」
「それはまことか? では是非、馬超殿と面会したく―――」
「なりませぬ」
 龐統は強い口調で劉備の言葉を遮る。他の臣がすれば無礼にあたるような行為も、龐統がすれば非礼よりもその先にある言葉が気になり、非礼を咎める気にもならないのが不思議である。それもひとえに、龐統の見識の深さと、軍師としての能力の高さによるものだろう。
「馬超は投降将でございます。張魯陣営を離反したとはいえ、いつ殿を裏切るとも分かりませぬ」
「……そのように申すか、龐統よ。それでは馬超殿を頼って引き抜いた私の立場がないであろう。馬超殿にも非礼ではあるまいか?」
「ご心配には及びませぬ。その点に関しましては既に手を打ってあります。馬超も、数日のうちには殿と面会させましょう」
「…………わかった」
 劉備はしぶしぶといった様子で頷き、龐統に下がるように言った。
 自身の天幕に戻った龐統は、すぐに馬超を呼び寄せた。
「何だ、軍師殿。俺はまだ戦に立たされる訳ではないと聞き及んでいたが」
「戦は嫌いかね?」
 龐統の問いに、馬超は苦笑しながら首を横に振った。
「そのような者は戦場に出れば死ぬもの。俺は曲がりなりにも今まで生き残ってきた。敗北しようと、死んではいない。その事こそ、何よりの答えであろう」
 馬超は近頃負け続けの自分自身を皮肉りながらも、先ほどよりも穏やかな様子で龐統に答える。それは先ほどの龐統の問いかけが、今一度戦場に立つことを認めてのものだと分かったからである。
 馬超は何をおいてもまず戦を好む生粋の武人。張飛や魏延のように血気に盛る男ではないが、戦と聞いて黙っていられるほど冷静な男でもない。戦があると聞けば、自然に意識に高揚感が芽生えるのである。