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情緒的偏光眼鏡生活

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 恵はまず、階段から見て左端に席を移動した。窓は階段の丁度向かいにある。涼子には窓側の席に居ると伝えたので、恵に視線が向く事はほぼ無い。
 最初のインパクトが大切だ。私の成長具合を見て呆気に取られている所で、嫌みったらしく高校時代の事を言い続けて謝らせてやる! こう、ドドドーッと畳み掛ければきっと大丈夫だ!
 恵の心は妙に昂り、動悸を抑える事が出来ないでいた。涼子が一刻も早く来ないかと、笑った様な引き攣った様な顔を浮かべ、足を揺すらせていた。その姿を見たためか、周囲の席の人々が逃げて行ったが、それに気付かない程緊張していた。
恵は、本来根っからの草食系だ。攻めと言う物を知らない、大人しい生き物だった。だから本当は、誰かを苛めるのも見下すのも苦手なのだ。この時点では自分が肉食系だと振舞っていたが、既に無理が生じていた。
 まだか、まだか。ぐっと自分を堪えていると、とうとう涼子が現れた。予想通り、窓側に注意が行って恵に気付いていなかった。
恵は音を立てない様に慎重に立ちあがった。勇む足を抑え、ひっそりと近付くと、涼子の眼を手で覆う。
「だーれだ!」
 涼子は首を仰け反らせ、咽る様に息を吐いた。恵が力を入れ過ぎたため、首が締まってしまったのだ。涼子は途端に暴れ踠き、鋭く肘を突き出した。それら総てが一瞬の内に行われていて、恵は気付いた時には腹部に強い鈍痛を覚えて蹲っていた。
 恵は何故こんなことをするのかと、涼子を見上げた。ひどい。やっぱり涼子は人の悪口を言うのが好きで、乱暴な人間なんだ。だからこんな些細な悪戯にも暴力を出してくるんだ。恵は根拠無く涼子に対して憤り、目尻を吊り上げていた。
「何してんだ、この変態! 警察呼ぶぞ!」
涼子と視線がぶつかった。恵を睨め付ける眼には、不審者への警戒と恐怖しか無かった。
作品名:情緒的偏光眼鏡生活 作家名:折戸 黄