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情緒的偏光眼鏡生活

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早瀬 恵という女


 また今日も、新しい眼鏡を買ってしまった。今月に入って3本目だ。
もう銀行口座に給料は入っていない。すっからかんのスカンピンだ。
クレジットカードも、もうすぐ限度額に達してしまうのではないだろうか。
うぅ、ひもじい。しかし嘆きながらも、手から提がる紙袋を見ると笑みが止まらない。
「えへへへへへへへ」
おっとこれはイケない、思わず顔に出てしまった。誰かに見られてないかな、と周りを見渡す。
 誰も私に注目していなかったらしい。しかし隣を通りかかったスーツ姿の青年に、戸惑いの目を向けられてしまった。
青年と目が合う。私から何のアクションもないことに気づくと、不審な視線を一瞬私に向けたあと、足早に横を通り過ぎて行った。
……逆に目立ってしまっただろうか。嫌な目立ち方だ。
 それにしてもあの青年、ださい眼鏡を掛けていた。おおよその所、大量展開を得意とする低価格ブランドのものだろう。デザインに設計者の意趣が感じられない。誰にでも合う、無難な形の眼鏡。
 ふふん、それに比べて私の眼鏡はどうだ。この立体的でユーモラスな花をモチーフにしたリム、フロントはキリッと尖っていて掛ける者に知性と凛々しさすら漂わせてくれる。
ブルーのメタルフレームも、私の少々褐色の入った肌色に良く映えている。
 そんなことを考えていると、先ほどの恥ずかしさは途端に吹き飛んでくれる。やはり眼鏡の力は偉大だ。私を輝かせてくれるのは眼鏡以外にはいなのだ。
 
 早瀬 恵は街中を歩く。日本の若者の流行の発信源、表参道をずんずんと。
 モデルの様に優雅に歩き、目からは自信を垂れ流し、他の歩く者全てを見下す程の気概で、きらきらと輝く自分を見せつけている。随分と高飛車な性格だ。容姿へのこだわりも相当なものだと自負している様だ。
 しかし元々の彼女は妙に内気な人間である。小学・中学・高校、どの過程でもぱっとしない、何かに熱中する物があるわけでもない、大袈裟に言っても中の下、そんなどこにでもいそうな地味な学生だった。
 
 ではその自信はどこから来ているのか? それは眼鏡だ。

作品名:情緒的偏光眼鏡生活 作家名:折戸 黄