La Phrase
1.first impression
第一印象は最悪。
人の事無視するし、手はポケットに突っ込んだままだし、言いたい事言ったらさっさと帰っていくし。
……けど、むちゃくちゃ格好良くて、アタシは一瞬だけ目を奪われてしまった。
自分を真っ直ぐ見つめるアイツの瞳に。
アタシの名前は里峰玲(さとみや れい)。
都内の女子高に通うフツーの人間。
……ってゆうのはちょっと違う。
アタシは自分の事、小さくてつまんない人間だと思ってるから。
自分勝手で無愛想で、優柔不断で口が悪い。
他人が周りで悩んでても、見ないフリしてる卑怯な人間。
アタシは人と関わるのが嫌いだった。
息苦しくて。
楽しくなくて。
毎日が、ただただウザかった。
早くこの「時間」が止まればいいと思っていた。
そう。
アイツと出会うまでは。
両親の告別式の後、アタシはずっと火葬場の前で立ち尽くしていた。
その日は雨で、どんよりと曇った空に更に心が憂鬱になる。
アタシは視線を感じ、何気なく顔を上げた。そこに「アイツ」がいた。
ドキリ、とした。
彼の澄んだ瞳が、アタシの心を読んでいるかのようだったから。
アイツは、体を強張らせたままのアタシを見てゆっくり近付いて来ると、ポケットから一切れの紙を差し出して言った。
「一週間後迎えに来る。その時までに荷物まとめとけ」
……………………は?
目を丸くしたアタシには構わず、ヤツは、
「いいか。忘れるなよ」
と言い残して去って行ってしまった。
「ちょっ! 待っ!」
彼の発音が少し違う事に気付くが、制止の言葉を掛けるより先に、アイツは背を向けた。
一時、呆然とその背を見送ったが、やがて手に持っていた紙切れに視線を落とす。
そこに書かれていたのは、見覚えのない住所と、人の名前。
『速水 奏(はやみ かなで)』
それが「アイツ」の名だった。
2.silent cry
朝起きても、気分は最悪だった。
頭は重いし、体はだるい。
それでも毎日の習慣が身に付いてしまっていて、気が付くと制服に着替えていた。
アタシは鏡の前で溜息を一つついて、階下へと降りる。
そこにはやはり「アイツ」がいた。
リビングのソファに座り、新聞片手にコーヒーを飲んでいる姿はモデルか何かのようで、初めは目を奪われたが今ではもうそんな事はない。
むしろ、アタシの悩みの種だった。
ここに来て一週間は経つけど、アイツは、
「おはよう」とか、
「いってらっしゃい」とか、
「おやすみ」とか、
そういう日常の会話を一切しなかった。
何度話しかけても無駄で、
「ああ」とか、
「いや」とか、
ただ短い相槌が返ってくるだけ。
だからアタシもいつしか声をかける事もしなくなった。
だがさすがに二週間も経てば結構慣れるもので、アイツの態度も気にならなくなった。
ただ……。
黙って家を出て行く時のアイツの背中が、アタシを拒絶しているかのようだった。
前より楽になったのは、一時間の電車が、三十分間のバス通学に変わったという事だけ。
それ以外は特に何の変わりもない。
車内で騒ぐ学生達。
そういえば電車の中にもいたな、と溜息をつく。
馬鹿で阿保で、周りの迷惑省みない奴等。
あぁ。ほら。
横に座ってるおばあちゃんの杖倒すよ。
「あっ! すんません!」
……これだから能天気な人間は嫌いだ。
人生に何の不安もなくて、ただこのまま日々が過ぎていくんだと思っている人達。
だけど、
無邪気に笑うその姿が、アタシは何故か羨ましいと思った。
アタシの通う高校は女子高だ。
ここを志望したのは、近くにアタシが通れる学校が無かった事と、もう共学はうんざりだと感じたから。
一人の女子をいじめ、下品な事ばかりを話す男達が全員バカに見えて、何て低俗な生き物なんだろう、と思った。
けど、女子校も対して変わらなかった。
常に男の事しか考えていない女。
他人の前ではブリッコで、友達の前だと途端に豹変する女。
机に腰掛けて足を組む女。
皆が灰色の生き物に見えた。
教室のドアを開け自分の席に鞄を置くと、一人の女子が近寄ってきた。
「おはよう玲ちゃん。今日も綺麗だね♪」
――何だか、語尾にハートマークが付きそうな声で微笑んだこの少女は、須藤(すどう)みなみ。
彼女はこうやって、入学式の日からほぼ毎日アタシに声を掛けてくる。
最初の頃は「ただの義理だろう」と思っていたが、須藤さんは三ヶ月経った今でも、毎朝アタシに挨拶していく。
凄い精神力だと思う。
無論、アタシはその一言には何の返事も返さないが。
「……おはよう。須藤さん」
アタシが無表情でそう返すと、
「やだなぁ。みなみでいいって言ってるのに」
と、きゃらきゃら笑う。
何がそんなに可笑しいのか分からないが、アタシは彼女に名前で呼ぶ事を許した覚えはない。
が、それをわざわざ言うのも面倒で、放っておいたらこうなった。
アタシが無視して席につくと、彼女は「今日、何時に起きた?」「御飯、何食べた?」など、どうでもいい事を次々と聞いてくる。
答えるのが億劫で黙っていると、
「今日、元気ないね。大丈夫?」
などと、見当外れな事を尋ねてくる始末。
アタシはいつもこうだって!
……こんなんだから、友達はいらないんだ。
つい我慢できなくて溜息をつこうとした瞬間、授業開始のチャイムが鳴り、彼女は仕方なく自分の席に戻っていった。
背中が「寂しい」と言ってるようだった。
授業終了後、アタシは彼女の視線を振り切るように教室を抜け出した。
そして、笑いあっている女子達の脇を通り過ぎて、校舎を後にした。
もう限界だった。
学校へ行く事も。
朝起きる事も。
……生きている事も。
アタシは空を見上げ、いる筈もない神に願った。
『どうか、里峰玲を殺して下さい』
と……。
家に帰ってくると、珍しくヤツがいた。
やっぱりというか何というか、アイツはアタシに声もかけず、視線も合わそうとはしなかった。
胸の奥が焼け付くように熱かった。
同じ家で暮らしているのに、何のコミュニケーションも取れない。
少なくとも家族といる時は、こうじゃなかった。
アタシと話もしたくないと言っているかのような拒絶のオーラが彼にはあった。
「……何でだよ」
搾り出すように声を出したけど、アイツはピクリとも動かない。
頭の中が真っ白になった。
次の瞬間、アタシは我知らず叫んでいた。
「そんな態度取るんなら、何でアタシを引き取ったんだよ! まるでアタシが嫌いみたいな顔しやがって! ハッキリ言えよ! アタシが邪魔なんだろ!? アンタはアタシに、何の関心もないんだろ!?」
止まらなかった。
涙が溢れて止めれなかった。
「どうせ義理なんだろ? 周りの連中に何か言われて仕方なく引き取ったんだろ? 何とか言えよ! 何でいつも黙ってんだよ!!」
息が苦しくなって、アタシはそこで言葉を区切ってしまった。
第一印象は最悪。
人の事無視するし、手はポケットに突っ込んだままだし、言いたい事言ったらさっさと帰っていくし。
……けど、むちゃくちゃ格好良くて、アタシは一瞬だけ目を奪われてしまった。
自分を真っ直ぐ見つめるアイツの瞳に。
アタシの名前は里峰玲(さとみや れい)。
都内の女子高に通うフツーの人間。
……ってゆうのはちょっと違う。
アタシは自分の事、小さくてつまんない人間だと思ってるから。
自分勝手で無愛想で、優柔不断で口が悪い。
他人が周りで悩んでても、見ないフリしてる卑怯な人間。
アタシは人と関わるのが嫌いだった。
息苦しくて。
楽しくなくて。
毎日が、ただただウザかった。
早くこの「時間」が止まればいいと思っていた。
そう。
アイツと出会うまでは。
両親の告別式の後、アタシはずっと火葬場の前で立ち尽くしていた。
その日は雨で、どんよりと曇った空に更に心が憂鬱になる。
アタシは視線を感じ、何気なく顔を上げた。そこに「アイツ」がいた。
ドキリ、とした。
彼の澄んだ瞳が、アタシの心を読んでいるかのようだったから。
アイツは、体を強張らせたままのアタシを見てゆっくり近付いて来ると、ポケットから一切れの紙を差し出して言った。
「一週間後迎えに来る。その時までに荷物まとめとけ」
……………………は?
目を丸くしたアタシには構わず、ヤツは、
「いいか。忘れるなよ」
と言い残して去って行ってしまった。
「ちょっ! 待っ!」
彼の発音が少し違う事に気付くが、制止の言葉を掛けるより先に、アイツは背を向けた。
一時、呆然とその背を見送ったが、やがて手に持っていた紙切れに視線を落とす。
そこに書かれていたのは、見覚えのない住所と、人の名前。
『速水 奏(はやみ かなで)』
それが「アイツ」の名だった。
2.silent cry
朝起きても、気分は最悪だった。
頭は重いし、体はだるい。
それでも毎日の習慣が身に付いてしまっていて、気が付くと制服に着替えていた。
アタシは鏡の前で溜息を一つついて、階下へと降りる。
そこにはやはり「アイツ」がいた。
リビングのソファに座り、新聞片手にコーヒーを飲んでいる姿はモデルか何かのようで、初めは目を奪われたが今ではもうそんな事はない。
むしろ、アタシの悩みの種だった。
ここに来て一週間は経つけど、アイツは、
「おはよう」とか、
「いってらっしゃい」とか、
「おやすみ」とか、
そういう日常の会話を一切しなかった。
何度話しかけても無駄で、
「ああ」とか、
「いや」とか、
ただ短い相槌が返ってくるだけ。
だからアタシもいつしか声をかける事もしなくなった。
だがさすがに二週間も経てば結構慣れるもので、アイツの態度も気にならなくなった。
ただ……。
黙って家を出て行く時のアイツの背中が、アタシを拒絶しているかのようだった。
前より楽になったのは、一時間の電車が、三十分間のバス通学に変わったという事だけ。
それ以外は特に何の変わりもない。
車内で騒ぐ学生達。
そういえば電車の中にもいたな、と溜息をつく。
馬鹿で阿保で、周りの迷惑省みない奴等。
あぁ。ほら。
横に座ってるおばあちゃんの杖倒すよ。
「あっ! すんません!」
……これだから能天気な人間は嫌いだ。
人生に何の不安もなくて、ただこのまま日々が過ぎていくんだと思っている人達。
だけど、
無邪気に笑うその姿が、アタシは何故か羨ましいと思った。
アタシの通う高校は女子高だ。
ここを志望したのは、近くにアタシが通れる学校が無かった事と、もう共学はうんざりだと感じたから。
一人の女子をいじめ、下品な事ばかりを話す男達が全員バカに見えて、何て低俗な生き物なんだろう、と思った。
けど、女子校も対して変わらなかった。
常に男の事しか考えていない女。
他人の前ではブリッコで、友達の前だと途端に豹変する女。
机に腰掛けて足を組む女。
皆が灰色の生き物に見えた。
教室のドアを開け自分の席に鞄を置くと、一人の女子が近寄ってきた。
「おはよう玲ちゃん。今日も綺麗だね♪」
――何だか、語尾にハートマークが付きそうな声で微笑んだこの少女は、須藤(すどう)みなみ。
彼女はこうやって、入学式の日からほぼ毎日アタシに声を掛けてくる。
最初の頃は「ただの義理だろう」と思っていたが、須藤さんは三ヶ月経った今でも、毎朝アタシに挨拶していく。
凄い精神力だと思う。
無論、アタシはその一言には何の返事も返さないが。
「……おはよう。須藤さん」
アタシが無表情でそう返すと、
「やだなぁ。みなみでいいって言ってるのに」
と、きゃらきゃら笑う。
何がそんなに可笑しいのか分からないが、アタシは彼女に名前で呼ぶ事を許した覚えはない。
が、それをわざわざ言うのも面倒で、放っておいたらこうなった。
アタシが無視して席につくと、彼女は「今日、何時に起きた?」「御飯、何食べた?」など、どうでもいい事を次々と聞いてくる。
答えるのが億劫で黙っていると、
「今日、元気ないね。大丈夫?」
などと、見当外れな事を尋ねてくる始末。
アタシはいつもこうだって!
……こんなんだから、友達はいらないんだ。
つい我慢できなくて溜息をつこうとした瞬間、授業開始のチャイムが鳴り、彼女は仕方なく自分の席に戻っていった。
背中が「寂しい」と言ってるようだった。
授業終了後、アタシは彼女の視線を振り切るように教室を抜け出した。
そして、笑いあっている女子達の脇を通り過ぎて、校舎を後にした。
もう限界だった。
学校へ行く事も。
朝起きる事も。
……生きている事も。
アタシは空を見上げ、いる筈もない神に願った。
『どうか、里峰玲を殺して下さい』
と……。
家に帰ってくると、珍しくヤツがいた。
やっぱりというか何というか、アイツはアタシに声もかけず、視線も合わそうとはしなかった。
胸の奥が焼け付くように熱かった。
同じ家で暮らしているのに、何のコミュニケーションも取れない。
少なくとも家族といる時は、こうじゃなかった。
アタシと話もしたくないと言っているかのような拒絶のオーラが彼にはあった。
「……何でだよ」
搾り出すように声を出したけど、アイツはピクリとも動かない。
頭の中が真っ白になった。
次の瞬間、アタシは我知らず叫んでいた。
「そんな態度取るんなら、何でアタシを引き取ったんだよ! まるでアタシが嫌いみたいな顔しやがって! ハッキリ言えよ! アタシが邪魔なんだろ!? アンタはアタシに、何の関心もないんだろ!?」
止まらなかった。
涙が溢れて止めれなかった。
「どうせ義理なんだろ? 周りの連中に何か言われて仕方なく引き取ったんだろ? 何とか言えよ! 何でいつも黙ってんだよ!!」
息が苦しくなって、アタシはそこで言葉を区切ってしまった。