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里美ハチ犬伝

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 二宮先生にとっては笑い事では無いが、3年1組の生徒たちにとって、大の大人が、たかが犬如きに恐がっているのは新鮮な体験だった。

 しかし犬を追い払おうとしても、まったく動じず、言うことを聞きはしない。そして触れようにも、牙が襲い掛かってくる。

 どうしようかと生徒たちが思案していた時、掛布が我こそはと前に乗り出した。

「やっぱり、ここはオレが何とかするしかないな。人間様が犬よりも偉いということを見せ付けないとダメなんだよ。下に見られていると、言うことを聞かないと言うしな」

 どこかのテレビの番組で得た知識を口に出しつつ、

「いいか、見てろ!」

 スぅと息を吸い、

「お手っ!」

 高圧的な態度を醸し出し、普段よりも数段低く重い声で言い放つと同時に、右手を白い犬の前へと差し出した。

 そして白い犬は、左後ろ足を高々と上げ、掛布が差し出した手に“しっこ(尿)”をかけ放ったのである。

 掛布はもちろん、周りの生徒達も何をされたのか理解する事が出来ず、場の空気が一瞬静まった。
 そして、掛布がその尿の温もりを感じ取った瞬間、

「……ぶっ△×ヒィ♯×◎□!!」

 言葉にならない叫びをあげた。
 そして今度は、周りから大爆笑の渦が巻き起こった。

「何やってんだよ、掛布!」
「ウワっ……バッチィ!」
「近寄んなよ、掛布!」
「電柱と勘違いされてやんの」

 憐れみと馬鹿にする言葉を投げかけられ、掛布の近くにいた者は三歩ほど距離を取った。

「どぅわ〜〜〜! なにすんだよ、この馬鹿犬!」

 怒鳴り声をあげ、しっこをかけられた怒りをぶつけようと、しっこをかけられまだ温もりを感じる右手を握り締め殴りかかろうとした。

 だが、犬は自身の身に降りかかる危険を感じ取ったのか、突然走り出し、教室から飛び出していった。

「あっ。待て、この野郎!」

 すぐさま掛布も後を追いかけると、数人の生徒も面白そうだと後を追いかけ教室を飛び出す。

 その中に里美も含まれていた。

「里美ちゃん……」

 宏子は、もう姿が見えない友の名前をボソッと溢した。

 そして、プチ学級崩壊な状況になってしまった事に、二宮先生はただ呆然と立ち尽くし、うっすら涙を溢していたのであった。



作品名:里美ハチ犬伝 作家名:和本明子