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正編 亜麻色の髪の乙女

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 今の水鳥には見えるんだからトモダチになれそうなものなのによりによってセーラー服だし。
 「普通の」水鳥は、駅で列の一番前に立って電車を待っていたのだ。でんしゃがきますーでんしゃがきますーはくせんのうしろにおさがりくださー。その声を聞いて足を後ろにさげようとして。
 背中をどんと押された。
「つきおとされたのかなあ」
 水鳥始はちっとも危機感のない口調で言った。来夏は目を半分にしてそれを見た。
「知りたい?」
「何を?」
「犯人」
「わかんない」
 わかんないじゃないだろうと思うのだけど追及するのが面倒になった。箱。いくつでも落ちていた箱。都市伝説。都市伝説だよ、魔法使い。
 どうしてここに来たんだっけ?
 そのことを来夏は思いだそうとした。
「水鳥君」
「なに?」
 丸い目を見た。前髪がちょっと長すぎる。トモダチねえ。メールアドレスはばれてしまったし。ということはまたメールを送ってくるかもしれず。水鳥君が事故にあいました。水鳥君がここにいることは来夏しか知りません。今の水鳥君とは多少は話ができます。
 来夏はため息をついた。なに? と言ったまま来夏を見ている水鳥始をしりめに水鳥の携帯のほうに目をうつす。
「都市伝説っていうことはだ」
「うん」
「こいつアレに落とされたの」
「そうそう」
「気軽に言うなようー」
「なんでわかんの」
「わかるでしょ魔法使いだってそこにいたら」
 たしかに。
 アレが見えてたらアレの行動に気づかないはずがない。それくらい派手だ。来夏にはわかるだろう。携帯電話たちにもわかるだろう。ほほほと笑ってくるくる踊りながらアレが現れ逃げていき、同時に事故があったとしたら、きっと百パーセントの割合で「乙女」を疑う。
 アレに、落とされた、としたら。
 それはつまり誰かの願い事が叶ったということで。
 ……あまり気持ちのいい結論ではなかった。
「じゃあもういいじゃん」
 ぽんと来夏は口に出した。
 強く口に出した。水鳥を見上げて言った。勢いに押されたように水鳥が頷いた。
「もういいじゃんアレが犯人で。突き落したのはアレ、突き落とされた水鳥君にももうわかった、はいおしまい」
 強く繋いで言う。そうだ、だいたいこんなことをするためにここに来たわけじゃない。犯人捜しなんてどうでもいい。そうだった。お人よしにここまで出向いたのはそのためではなかった。目的があったんだった。水鳥始はきょとんと目を大きくして、え、うん、そうだけどでも、とぶつぶつ呟いている。
「だいたいさあ水鳥君」
「うん」
「今まで言うの忘れてた僕もばかだけど」
「なに?」
「きみ、まだ生きてるよ」
「は?」
 水鳥がまるくした目をいっそう大きく丸くしているあいだに、来夏は制服のポケットをさぐり、みつからなかったのでかばんをさぐり、みつけたのでとりだした。水鳥がそれを見て、あ、と言っている間にふりかぶって、力をこめて。
 なげつけた。
 ぼん。
 おーほほほほほ。
「うわ草壁くん!? 草壁くん何、うわ、どこいくのこれ、えー……」
 「乙女」は水鳥をこわきにかかえ、速いスピードと軽やかなステップで走り去った。水鳥の声がうすれて消えてしまうまで待って、来夏は一言言うべきことを言った。
「馬鹿」
 言うとなんだかほっとした。
 足もとの箱を拾いあげた。水鳥の携帯がみおろしてくる。斜めに見上げる。言い訳するように。
「昨日の夜もスーパーの前通ったしな」
「ハジメくん生きてたんだ? なんだ」
 拍子抜けしたように斜めに見おろしてくる、オレンジ色のふちどりの目。
「なんだって。残念なの」
「おもしろかったのにねえ。話もできたし」
「まあな」
 これでまた言葉が通じなくなるわけだ。携帯電話にとっても来夏にとっても。
「生きてるだろ。あいつ落ちて頭打っただけだし」
「なんだー。ばかっぽーい」
「あいつ誰かに恨まれてたりしてた?」
「しらなーい」
「つめたいな」
 水鳥始がいなくなったせいで空間が妙にぽっかりした。耳の中がぽっかりしているような気がしているのはうるさく喋るあれがいないからだ。持ち主がいなくなると携帯電話の方も口数が減った。つられてたのか。
「分かっても仕方ないじゃん、だって魔法使い」
「まあねえ」
 わかったからって来夏がその相手に仕返しをしないといけないわけでもない。
 ちょっと腹が立つことくらいいくらでもある。
 死んだわけでもないんだし。
「どうでもいいよな」
 そう、口に出して言いそうになって、口の中におしとどめた。
 トイレを出る。トイレにもプラットフォームにも相変わらず人気がなかった。当然の結果ではある。この駅はだいたい一時間に一本しか電車が来ないのだ。隙間を狙ってきたのだからまあ人がいないのは当たり前のことだ。
 プラットフォームを端から端まで歩いて、箱を拾い集めた。踏むとかんたんにくしゃりと潰れ、小さくつぶれたものを鞄の中に放り込んだ。きりもなくたくさんころがっていた、人々の願いごと。
 コレが全部今街にいるのか、どこいっちゃうんだろ、いまごろどこでなにを? ぞっとする。
「解明しない方が都市伝説らしいし」
 水鳥の携帯電話の、まだふわふわその辺に漂い続けている少女の形に話しかけるわけでもなく、言った。
「それどうするの?」
「燃やす。きもちわるいから」
 もう一度出てくるわけでもないだろうけど。
 学校行くかな、と思う。焼却炉あるし。ほかに燃やせるところが思いつかない。やれやれ結局行くのか。そのためには電車に乗らなくてはならないわけで、時計を見ると、あと二十分で、やれやれ、前の電車が行ってすぐ来たんだからもう三十分以上もここにいたわけだった。
 ポケットの中には水鳥始の携帯電話が入りっぱなしだ。これを帰してやりに、また今度どうせ学校には行かなくてはならないらしい。面倒なことだ。電車を待つのも学校に行くのも。
 電車が今すぐ来ればいいのに。
 そう思ったとたん。
 耳に。
 聞きたくない声が聞こえた。
「……水鳥の携帯?」
 ふりかえりたくなくて声だけ出した。返事がないので、おそるおそる振り返った。携帯電話の姿はいつのまにかなくなっていた。それはまあいい。それよりも。
 線路の向こうから。
 電車がやってきていた。
 二十分早い。
 電車の上に。
 白いワンピースを着た姿がくるくると踊っていた。来夏は絶句し、ポケットの中の水鳥始の携帯電話を無意識に探った。にぎりしめた。マジかよ、と呟く。
 とてもうれしそうに、長い髪をはためかせて、踊っていた。
「ずっと叶えてくれるわけ?」
 マジかよ。



(2005/夏)