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正編 亜麻色の髪の乙女

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都市伝説だよ。
 とおりすぎていったのはサラリーマンの二人連れで、そこから聞こえた声じゃないはずだなと来夏は思った。サラリーマンというからには男性に決まっているのに、聞こえた声は、というか来夏の耳をひっつかまえるように飛び込んできた声は、甲高い少女の声だったからだ。
 朝ごはん代わりにチョコレートを買って、ぱりぱり食べながら来夏は駅の階段を登った。相手に経費が請求できない呼び出しにしたがうのはめんどうくさいことだなあと思いながらひと駅分切符を買う。
 階段を登りかける足を止めて、振り返るとちょうど、さっきのサラリーマンがポケットを探っているところだった。ぴろり、りろり、ろりり、りり、と鳴る携帯電話をひっぱりだしていた。ぴろりろりりりりの音にあわせて、携帯電話が歌っていた。都市伝説だよ、伝説だよ、都市、都市、伝説だよ。甲高い少女の声。
 ふんと鼻を鳴らして、来夏は足を早めた。


 関係者以外立ち入り禁止。
 そう書かれた扉の向こうにはだれもいないなと思いながら扉を開けると、やっぱり誰もいなかった。がらんと広い部屋、来夏は一応だれかいませんかと言うべきなのかなと思いながら、何も言わないで立っている。
 部屋の片隅に小さな机があり、その上と、近くに置かれた棚の上には、所狭しと、もの、が置かれていた。財布に鞄、靴(どうやってこんなところまで来たんだろ、靴なんて家の外ではずっと足に履いてなきゃいけないものなのにね)に手帳、ハンカチに、携帯電話。だれもいない、のはたしかなんだけ、ど。
「草壁くん!」
 誰もいないくせして来夏の名前を大音量で呼ばれた。来夏は顔をしかめる。声が大きかったせいもあるが、それだけじゃなくて。
 机の上、その、もの、の山の中に少年がいて、そこにどっかと座った少年(よく覚えておくこと、少年、だ)が、セーラー服のスカートの足をひろげて座っていたからだった。
「……下着は変わんないんだな」
「来てくれると思ってませんでした! ありがとう! ありがとう! ありがとう草壁くん!」
「うるさい」
「ていうか俺はなんでこんなかっこうなんでしょうか草壁くん!?」
「トランクス見えてるよ」
「いや見ないでよ草壁くん」
「見ないでよとか言われても見えるし」
「スカートって不便だね!」
「だから女の子って恥じらわなきゃいけないのかなあ」
「別に見えてもいいんだけどね!」
「よかないよ」
 ためいき、ひとつ。
 誰もいない、部屋、来夏はそう考えて、それは今でも変っていない、だれも、人間は、いない部屋、来夏以外の人が見たらこの少年だってちっとも見えやしないんだろうと思う、だれもいない部屋。
 やっぱりここには誰もいないのだ。
 この少年は来夏にしか見えないんだろうから。
 そういう場合は、「いない」に数えていいんじゃないかな?
 目の前には少年。セーラー服を着て、足をちゃんとそろえて座んないからトランクスまだ見えてる。ぎょろっと大きい目とまっすぐな髪の毛、ちょっと太り気味の体格。セーラー服似合ってない。いや、セーラー服の似合う男子中学生なんてこの世にいなくてまったく困らないしいいんだけど。
 その座り方はなんだかすごく身軽そうに見えた。
 その理由くらい来夏は知っている。だから来たんだし。
 呼ばれて、こんなところまで。
「水鳥君」
 来夏はなんだかどっと疲れて、でも疲れたなあと思いながらもほかには誰もいないしせっかくここまで来ちゃったんだからと少年に話しかける。少年、つまり水鳥始君十四歳、はぐるんと大きい目を回し(クラスで一番目玉が大きいんじゃないかな、と来夏は、今関係ないのにふと思う)来夏が何を言いたかったかは全く気にせずにまた喋りはじめた。
「そうだよ草壁くん来てくれてありがとう。びっくりしたよねえ、俺らべつに話したことあんまりないんだし同じクラスなだけだし。でも俺草壁くんと小学校からもう五年間同じクラスだよ知ってた? でもメールアドレス友達に聞いたとかじゃないから。そこは別に友達疑ったりとかしなくていいから。教えてくれたのはね、」
「……僕携帯のアドレス、クラスの子に教えてないんだよね」
 来夏は無理矢理に水鳥始の脈々と続く台詞に割りこむ。よく喋るやつだなとは思ってたけどと思いながら割りこむ。水鳥始はきょとんとする。
「携帯電話はねえ、擬人化すると何故か、セーラー服の女の子になるんだよ」
「なんで?」
 話を途中で途切れさせられたことは気にしていないらしく、きょとんとしたままで水鳥始は首をかしげる。
「てか、誰が擬人化すんの? 何のために?」
「さあ知らない。別に僕の好みじゃないからねこれは。学校行けば何十人も見られるんだしあえてそんな外見にする必要ないし。誰がしてんのかも知らない。そういうことに決まってんじゃないの」
「誰が決めたんだろ」
「知らないよ」
 ぽんぽんくりだされる質問。答えてたらちっとも進まないじゃん、と、来夏はなんだかいらいらしてきた。ここ立ち入り禁止なんだし、だれもいないうちはいいけど誰か来ちゃったら困るっていうのに、水鳥君に呼ばれて来たんだよ僕、なんでこんな問答しなきゃなんないんだ。
 そう、携帯電話は、どうしてか擬人化するとセーラー服になるのだ。そう、来夏の目には見える。ほかのひとにはみえないはずの水鳥始が来夏には見えてるみたいに、来夏の目には少女が見える。そして来夏に話しかけてくる。都市伝説だよ、まほうつかい、都市伝説なんだよ。
 まほうつかい。
「擬人化する、ていうか、携帯電話の精霊はセーラー服の女の子なんだ、とか言ったほうがいいのかなあ」
「精霊?」
「僕携帯電話の世界では顔が広いんだ」
 人間の世界ではごく狭いんだけど、と思いながら口には出さない。水鳥はきょとんとして、しっぱなしになっている。ああそうだ、と、思いだしたようにそのきょとんが言った。
「ああそうだ、教えてくれたのはね」
「どの携帯?」
「それそれ、そのピンクの」
 来夏は、水鳥始が指さしたその携帯電話に指を伸ばして、こつんと叩いた。
 いったー、あいい、と甲高い声が聞こえ、ふわんとセーラー服の女の子が空中に浮かんで来夏をにらんだ。ピンクのマニキュア塗った指が伸びてきて来夏の額をこつんとつつく、まほうつかいのばか、と言って、消えた。
 ほんとだ、と水鳥が言った。なにがほんとだなんだか。
 それから首をかしげた。
「……魔法使い?」
「水鳥君が携帯電話なんかに憑依するからさ」
 水鳥始がきょとんとしはじめたのよりずっとまえからずっと仏頂面の来夏は、女の子が出たり消えたりしたのにはいっさい頓着せずに、水鳥始を睨んだ。だってさあーと水鳥始が、まったく危機感のない表情で言った。
「こんなことになっちゃって、俺だって誰かに相談とかしたいじゃん」
「ふつうそんなことになったらね、相談なんて出来ないんだよ」
 来夏はそう言い、水鳥始の足元を見た。
 足もと。
 ない。
 スカートとそこから出た腿、膝、辿ってふくらはぎのあたりで、すうっと消失してしまっている。ふふんと来夏は鼻で笑う。かんじわるいなー草壁くん、そんなだから友達いないんだよと水鳥始が言った。
「うるさい」