ココロの距離
【4】-2
奈央子の時間割を詳細には知らないが、後期の月曜は5時限目は取らないと、確か言っていた気がする。その後変更した可能性もあるが、とりあえずは講義の合間を狙って携帯にかけてみようと思う。着信チェックぐらいはするだろうし、その時にタイミング良くかかれば電話に出るかも知れない。
そんなふうに決めたら、多少は落ち着いてきた。学食の日替わり定食は何だろうか、と考える程度には、気分にゆとりもできていた。
柊は地下にある学生食堂を目指し、エレベーターの方角へ向かった。
――気がつくと、窓の外はすでに明るかった。
枕元の時計を見ると、7時5分前を指している。
時計から手を離し、柊は再びベッドに転がった。……全然、眠った気がしない、
実際、ほとんど眠っていないのではと思う。寝ようとした時間自体はそれほど遅くなかったが、かなり長いこと寝つけず、嫌になるほど寝返りを打っていた覚えがある。
今日は1時限目に、史学演習が入っている。数人ごとのグループでテーマを決め、順番に発表するのが後期の方針だった。柊のグループは再来週の予定で、そろそろ大筋を決めなければならない段階だ。
時間中に意見交換をする約束なので、サボるわけにはいかない。そう思いつつも、全身が気だるくてなかなか起き上がる気になれなかった。
……昨日は結局、奈央子と連絡は取れなかった。
正確に言えば、携帯にかけてみて、3度目で1回繋がった。だが例によってすぐ切ろうとしたので、なんとか制止して「聞きたいことがあるから会えないか」と言ったのだが、今日はずっと講義だからと断られた。その後でもいいと言うと、一瞬沈黙した後、彩乃と約束があると答えた。
そう言う口調が若干ぎこちなかったので、じゃあ何時に帰るのかと聞くと「わからないけど遅くなると思うから今日は無理」と奈央子は早口で言い、直後、通話を切ってしまった。
その後は、何度かけても呼び出し音ばかりで、そのうち「電源が入っていないか……」のアナウンスに変わった。講義が終わった後、時間をおいて奈央子のマンションを訪ねてみたが、2回とも応答はなかった。2度目は9時近かったにもかかわらず。
本当にいなかったのか、あるいは……理由もなく居留守を使うような相手ではない。もしそうだったとしたら何故なのか。
そんなことまで考えてしまうのは、こんなふうに自分と会わないでいる理由がわからないからだ。今まで、多少無理な頼みでもたいていは聞いてくれていた幼なじみが、急に顔を合わせるのを避け始め、連絡にもまともに応じない。変に思うなという方が無理だった。
それでも先週のうちは、課題やサークルの件で忙しいこともあって、四六時中気にしていたわけではなかった。ふと思い出した時も、本当に忙しい可能性もあるしそのうちまた戻るだろう、と結論づけていた。しかし……
里佳とのことを耳にしてからは、そう考えていられなくなった。時々感じるだけだった不安定な気分が、一気にふくらんだような心地がした。
なぜこんなに気にかかるのだろうと自分で思うほど、やけに落ち着かない。奈央子との付き合いはいわば、長く続いた日常であり、それが変わることに違和感があるのだろうかと思うが……同時に、それだけではないと、心のどこかで漠然と感じていた。しかし、何なのかまではわからない。
考えているうちに、時間は7時半を過ぎていた。1時限目は8時50分からで、間に合うためには8時過ぎには出なくてはならない。
起き上がって着替え、生の食パンにジャムを塗って食べていると、インターホンが鳴った。
誰だと思いながらドアを開けると――里佳が立っていた。ちゃんと化粧した顔で、微笑みながら。
「あ、おはよう。ちゃんと起きてたのね」
「……なんだよ」
「1限から演習でしょ? 今日はサボれないって言ってたから、遅刻しないように一緒に行こうと思って」
柊が朝に弱いことを知っているので、里佳がこうやって誘いに来ることは今までにもあった。機嫌の良くなさそうな様子も早起きのせいだと思ってか、里佳は不審感を持たなかったようだ。相変わらずの笑顔で「そろそろ行ける?」と尋ねてくる。
しばし考えた末、柊は今日の予定を変更することに決めた。
「そういえば、昨日何時に帰ったの? 1時前ぐらいまで何回か電話したけど出なか――」
「望月、今日は2限からだよな」
「え、そうだけど……どうしたのいきなり、そんな真剣な顔して」
「聞きたいことがあるんだ、入れよ。――いい、演習はサボるから」