恋の掟は夏の空
東京の夏は終った
キッチンの音に気づいて眼を開けたのは時計の針が9時を5分過ぎた時だった。
しばらく、そのまま、眼を閉じて彼女の気配をまどろみながら聞いていた。
しばらくすると足音が近づいてきた。
ベッドの横で俺の顔を見ているようだ。
10秒ほどたっただろうか
「おはよう 劉」
優しい声だった。
声のするほうに少しだけ顔を向けて、うっすら眼をあけて直美を見上げてみた。
びっくりするほど、なぜか大人びて見えた。
「化粧してるの?」
「え、してないよ。なんで」
「いや、なんかいつもと顔が違ってるようで、そんな気がしたから」
本当にそう思っていた。
「眠くて顔ひどいでしょ」
「いや、どっちかというと綺麗だなーと思っていつもより」
綺麗に見えた、寝ぼけていたわけではないと思っていた。
「こんな顔で綺麗っていわれてもなーなんか全然うれしくないや」
くるりと背を向けて
「ごはんできたから、食べよう。冷めちゃうよ」
って言いながら部屋をでていった。
怒らっしゃたかと、思って急いで飛び起きてキッチンテーブルに向かうと、椅子に座ってこっちを向いた直美は笑顔で待っていた。
「おなかすいちゃった。食べよう いただきまーす」
あわてて席につくと箸を渡された。
「いただきます」
朝にしてはなんか、いっぱいオカズが並んでいた。
「よく寝ちゃった、昨日は、私。劉もよく寝れた?」
「うん。あれからすぐ寝ちゃった。おれも」
恥ずかしくて、寝顔をずっと見ていたとは言えなかった。
「足で劉のことを蹴飛ばさなかったかなぁ」
「寝相よかったよ。すごく」
「よかった。寝相がわるくて嫌われたら笑っちゃうもん」
笑いながら、おいしそうにご飯を食べている。
やっぱり、なんか大人びた顔をしてた。
10分後には、食べられそうもない量のオカズだと思っていたけど、二人でペロっと食べきっていた。
「ご馳走様でした」
「あー、あのさ、途中でおいしい・・って1回も言わなかった。劉ったら」
「言ったでしょ。1回」
「1回はお世辞でも言うもん」
「おいしくておいしくて、おいしいって言う時間ももったいなくて食べてました。直美さん」
ちゃかして言ったら、直美はかわいく怒っていた。
「ねー昨日コーヒー飲まないで寝ちゃったから、コーヒーいれてよ」
「うん。ミルクたっぷりでいいよね」
「うん」
「時間かかるからそっちで待ってて。一緒に洗い物もしちゃうから」
「あ、ごめんね。じゃ、待ってる」
言いながらソファーにちょこんと直美は座った。
洗い物を終えて、コーヒー豆をひいていると直美は荷物の中からノートを取り出して日記を書いているようだった。
「それ、今日も書くの?」
「だってさ、昨日書いてないんだもん。昨日デートしたから劉に渡さなきゃ、これ」
聞きながら、コーヒーを入れていた。
出来上がってソファーの前のテーブルにカップを二つ並べてちょっと日記を覗き込んでみた。
「まだ、書くの?」
「いっぱい書くことあるんだから、黙っててよ」
見ないようにして、にーちゃんに怒られないように部屋のあっちこっちを点検することにした。
俺としては、全然問題ないようだったけど、これでもきっと後で怒られそうな気がしたけど、気づかないものはしょうがないやって諦めた。
直美を見ると、やっと書き終わったようだった。
「ふー、なんか目の前に劉がいると書きづらいや」
「どれ、みせて?」
手を出すと軽く手を払われていた。
「家に帰ってから読んでよ」
「いいじゃん。今でも」
「だーめ、だってば。渡すけど家で読んでよ」
渡された日記はしかたなくぎゅうぎゅうのカバンに押し込んだ。
「そうやって、乱暴に扱うから、なんか、ボロボロになっちゃったのね。それ」
耳が痛かった。
「コーヒー飲んだら帰ろうか?たぶん、お昼過ぎには家に着くし」
「うん」
「あ、帰る前にもう1回キスしてね、劉。田舎に帰っちゃたらできなくなっちゃうから」
「帰ってもできるでしょ」
「どこでよー 学校で・・?」
下から覗き込まれた。
それから、長い長いキスをして、マンションを後にしていた。
フロントマンに、兄はお盆が過ぎたら帰ってきますって言い残して。