恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
裕美もダンシングをしてスピードを上げる。サイクル・コンピュータなんて、もう見ている余裕はない。ただ力を振り絞って彼の後を走るだけだった。
しかし......。
ハア、ハア、ハア、ハア。もう息が......。
裕美は体力を使い果たしゴール手前200メートルでサドルに腰を下ろしてしまった。
まだ走ってはいるが極端にペースが落ちて、裕美はもう転ばないように走ることしか出来ない。
「裕美さん! 大丈夫ですか?」
「ハア、ハア、ハア。ごめんなさい、店長さん。また強がっちゃって......」
「仕方ありませんよ。坂道の500メートルは平地の1キロ、2キロ分の距離があります。それに聞いて下さい。みんな裕美さんのことを応援してくれてますよ。ホラ!」
裕美は最後のスパートに夢中で気が付かなかったが、裕美の最後の力走を見て、先にゴールに着いた人達が応援してくれていたのだ。
「女神さまー! よく踏んだ、偉いぞー!」
「ヴィーナスのお姉ちゃん! カッコ良かったよー!」
「もう少し! もう少し! あと100メートル、頑張れー!」
知らない人達でもわたしのことを応援してくれる。もう少し、頑張らなきゃ!
裕美がそう思い、顔を上げてペダルを踏もうとすると、彼が背中を少しだけ押してくれた。
ありがとう! 店長さん!
あと20メートル、10メートル。
エ――イ!
裕美とやっとゴールすることができた。
彼と二人揃ってのゴールだった。
***
「店長さん、実はね。ちょっとこのジャージ恥ずかしかったの。少しやり過ぎちゃったかしら?」
「まあ確かに裸のヴィーナスはちょっとエロイかもですね。でも赤い薔薇が凄く裕美さんに似合ってますよ。
それにあれだけ走っれたんですから、大丈夫です。ジャージに負けてません。どのレースに出ても注目の的ですよ」
「ええ、ヤアよ。こんな苦しいのもうイヤだもん!」
「皆さんそう言いますけど、また参加したくなるもんなんですよ」
「絶対、ヤアよ。美味しいものもないし!」
「それでしたら、帰ったら店の隣の『フィガロ』で打ち上げをやりましょう。あの店はワインもお手頃で美味しいんです」
「ホント? 約束よ」
そんな二人の間を邪魔するようにツバサが大声を出して割り込んできた。
「裕美さーん、大変ですよ! 入賞してます!。3位ですよ!」
「何? ツバサ君、3位って?」
「裕美さん、何言ってるんですか? さっきまでレースに出てたんでしょ。その話に決まってるじゃないですか! そのレースのリザルトが出たんです。
裕美さんが3位に入ったんですよ!」
「ツバサくん、何を言っているのよ? そんな訳ないじゃない。わたしみたいな初心者が? 悪戯は止めなさいよ」
裕美はツバサの言うことを全く信用していない。むしろ下手な冗談だと、冷めた視線でツバサを見ているくらいだ。
「裕美さん、ホントですよ。裕美さんが出ていたエントリークラスだと、女性の参加者は30人程ですから。ロードレースに出る女性は少ないですからね。あのタイムなら入賞して全然おかしくないですよ」
「3位? ふーん......。店長さん、それってスゴイことなの?」
裕美は彼の顔をみて、本当なの?と確かめるような面持ちで聞いてみた。
「何を言ってるんですか、裕美さん。当然です。スゴイことです。表彰台に立てるんですよ!」
裕美は元々タイムや表彰台など関心がなかったので、3位と言われても特別な価値があるものではない。むしろ彼と一緒にいるためにこのレースに参加したんだから、表彰式なんかで邪魔しないで欲しいと思う位だった。
でもどうやら彼も本気で喜んでくれているようだ。それだったら......。
「ねえ、店長さんも表彰式に一緒に来てくれる?」
「もちろんですよ。裕美さんの表彰台の写真もバッチリ撮りますからね!」
「えっ? 写真を撮るならメイクも直さなきゃ! ツバサ君、表彰式って何時から?」
「もう始まりますよ! だから裕美さん、急いで下さいってば!」
「キャー、もう時間がないじゃない! メイクもしないで写真撮影なんて死んでも出来ないわよ! ツバサ君、表彰式にわたしを待つように言うのよ。絶対よ! 分かった?」
そう言うと、裕美は飛ぶように走っていってしまた。
「店長、裕美さんも女ですねえ。表彰台より写真映りの方が大事だなんて......」
パチパチパチ......。
それでは女子Bクラスの表彰です。
会場のアナウンスと共に裕美がステージに上がると、会場の視線が一気に裕美に集中した。
『ワルキューレ』の人達から裕美に祝福の声が起こった。
「裕美ちゃーん、おめでとう!」
「ジャージ決まってるよー! セクシー!」
裕美が他の入賞者より際立って見えるのは『ヴィーナス』ジャージや赤いレースのストッキングのせいだけではない。
裕美は何と赤いハイヒールを履いてきたからだ。
スポーツの大会でヒールを履く女性など、まず見かけることはないだろう。
しかも元々スタイルも悪くない裕美だから、より脚も長く見えるし、赤いヒールが女としてもインパクトを更にアピールしている。
「裕美さーん、おめでとうございまーす!」
"彼"からも裕美に声が掛かった。、
彼も見てくれてる......。
それならちょっと頑張らなきゃね!
すると裕美は後ろを向き、髪を持ち上げ背中のヴィーナスを見せるポージングを決めた。
オオーっ、男達のどよめきが聞こえる。ワルキューレの男達からも歓声が上がった。
「裕美ちゃん、エロい、カッコいい!」
「ヴィーナスー! 女神さまー!」
キャー、ウケたみたい。でもちょっとやり過ぎちゃったかなぁ?
そんな裕美が女の優越感に浸っていると、隣からの厳しい視線に気が付いた。エリカだ。
エリカは入賞者にメダルを渡すためにステージに立っていた。
本来、この大会のゲストとして、またモデルとしても、会場の視線を一身に浴びるつもりだったエリカとしては、いくら裕美が入賞者とは言え、自分よりも注目を集めているのだ。当然、気分が良い訳はない。
エリカもあくまで"営業スマイル"を崩してはいないが、裕美はエリカの冷たい視線を見逃さなかった。
だが裕美も『大人』だ。それとも勝者の余裕か? 『笑顔』でエリカからメダルを受け取った。
パチパチパチ......。
ヒュー、ヒュー!
メダルを受け取り、裕美にもう一度拍手がおこる。彼も裕美に拍手をしてくれていた。
なんか今まで色々あったなあ。練習したり、あんなに苦しんだり。それに美穂姉えや彼に助けてもらったり、皆が応援してくれたり......。
「ありがとう! みんな、ありがとう!」
裕美は彼と『ワルキューレ』のチームメイトに声をかけて手を振ると、右手をピストルのようにして、向け銃を撃つポーズを決めた。
バッキューン!
"彼"のハートは撃ち抜けたかしら?
恋するワルキューレ
〜 ロードバイクレディのラブロマンス 〜
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作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ