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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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『恋するワルキューレ 〜ロードバイクレディのラブロマンス』
第1話『運命の出会い 〜 ゴメンね、店長さん!』

「お客様、大変申し訳ありません。ただ今、○○駅で車両事故があり、次の駅で停止いたします。繰り返します。次の駅で......」
「あーん、やんなっちゃう。あと駅二つなのに。こんな中途半端な所で止まらなくたって」
 裕美は満員電車の通勤客には聞こえない程の小さな声で文句を言った。別に地下鉄が事故でが止まることぐらい珍しいことではないので、誰もいちいち文句を言う人なんて周りにはいない。ただ裕美の職場である総合高級ブランド『ロワ・ヴィトン・ジャパン』(RVMH)のオフィスまで、あと二つの駅だけだった。
 裕美は『ロワ・ヴィトン』で働く26歳の若手女性弁護士だ。もっとも弁護士と言っても、裁判をいくつも掛け持って、"正義の為にがんばっちゃうわヨ"みたいなタイプの弁護士でもない。
 以前まで弁護士は超難関資格としてエリートの証であったが、日本でもいわゆるロースクール制度が始まって以来、大量の弁護士が溢れ始めた。つまり司法試験が、少しだか簡単になって合格し易くなったと言う事だ。裕美もそんな「ゆとり」弁護士世代の一人だ。
 だが裕美は、弁護士も就職難となる世知辛い世相の中、外資系企業の法務担当の社内弁護士として働くことを選んだ。幸い裕美は、中・高校時代に親の海外赴任のためフランスで生活していた経験がある。そのため大学受験もフランス語を選択する等、フランス語を使う機会は多少なりともあって、弁護士としての資格だけでなく語学も堪能であった。同級生だった弁護士仲間が有名弁護士事務所に就職する中、裕美はフランス系の総合ブランド企業『ロワ・ヴィトン』で働くことを決めた。もちろん高級ブランドの服を着て、バックを持ってキレイにオシャレに働けるということで、女の子としてはまさに理想の職場だった。
 しかし裕美は弁護士という立場から、そんな派手なブランドで鎧のように着飾っては、逆に頭の悪い女と思われることも分かっている。アメリカでは金髪の美人は「頭が悪い」と見た目で判断され、就職やビジネスでは逆に不利になると言われる程だ。映画『キューティ・ブロンド』は、そんな偏見を跳ね返してブロンドの女の子が弁護士として活躍するサクセスストーリーを題材にしたものだ。
 裕美も『ロワ・ヴィトン』グループの服を身にまといながらも、適度に弁護士としての仕事に必要なインテリさを醸し出す。そんな服装で今日も会社に出勤していた。
 あーん、どうしよう。このまま電車が動くのを待った方が良いのかしら、それとも歩いて会社に行った方が......。でもこの前、お尻を触られちゃったし、電車でじっとしているのもイヤよね。困ったなあ......。
 さすがに裕美も不安があっても、声に出して言うことではない。無言で我慢がお約束の満員電車だ。こんな事を口に出して言えば、逆に痴女と間違われかねない。そんな状況に耐えつつ、裕美は今日の会議の時間と会社までのルートと所要時間はとアレコレ考え始めた。やはり、いつ出発するか分からない電車に乗り続けるより、多少遅くても時間が読める徒歩かバスの方が確実だ。
 裕美は結局電車を降りることにした。階段やエスカレーターを登りつつ、地下鉄の出口で携帯のアンテナが立っていることを確認してから、ロワ・ヴィトンのオフィスに電話をした。
 事情は仕方のないことなのだから、出来る女としては、ちゃんと連絡くらいしなくちゃね。
 "Hallo, madamme. Oui. Moi, c'est Hiromi...
〈アロー、マダム。ウィ。モワ・セ・ヒロミ......〉
「すいません、裕美です。ええちょっとメトロの事故で、これからバスか徒歩でそちらに向かいます。少し遅れるかも知れませんが、マネージャーに伝えて下さい」
 裕美は流暢なフランス語で同僚に遅れる旨を伝えると、近くのバス停を探し始めた。ここから会社まで歩いて行ける距離とは言え、少しヒールのある電車通勤用の靴なので歩いていくにはちょっと厳しい。
 バス停はどこかと探そうとしたその時に、後ろから『ドアが閉まります』との声が聞こえた。バスの自動音声のアナウンスだ。
「え、バス!? 待って、行かないで!」
 裕美は重心を後ろ足に移動させ踵を支点にし、クルリと、一瞬でターンを決めて後ろを振り向いた。その動きは他人から見れば、ちょっとしたマジックにも見えただろう。
 裕美は背筋や足を伸ばしたままの姿で余計な動作もなく、ほんのちょっとの重心移動で一瞬で身体を入れ替えて見せたのだ。シンプルで素早く、そして身体の動きに一切の乱れのないターンはまるで、バレリーナの様な美しいターンだった。
 しかし、それが裏目に出てしまった!
 裕美がクルリと後ろを向いて、アナウンスが聞こえた方向へ一歩踏み出した瞬間、突然叫び声が聞こえた。
「うわ――! 危なーーい!」
 キキ――!
 この叫び声を聞いて、裕美は状況を理解しようとした瞬間、目の前に自転車が飛び込んできた。
 突然現れた自転車が、自分にぶつかってきたのだ。
 バンッ!
 ワ――!
 ドシャ! ガチャーン!
男の人の叫び声と共に、金属パイプを一斉に叩き落したような衝撃音が聞こえた。自転車が自分にぶつかって、転んでしまったのだ。
 裕美は自分の腕にその自転車がぶつかってきたことを理解したが、転ぶ程ではなかった。「何、痛い!」と感じたと同時に、自転車に乗っている人が大きく転倒していることに。そして自分が何かの事故を招いたことをすぐさま認識した。
 イターい。でもどうしよう。マズイことをしちゃった。
 ごめんなさい。ごめんなさい! 大怪我なんてしないで、お願―い!
「すいません、大丈夫ですか? 怪我してませんか?」
 裕美は転んでしまった男の人の所へ駆け寄り声をかけるが、その人は動かないし返事も返さない。
 ええー、わたしどうしよう!? まさか死んだりなんてしないわよね! 大怪我はしていないみたいだけど、この人返事もしない! 救急車を呼ばなきゃ!
 裕美は携帯を取り出し、119番をコールしようとした時、その男の人が声を出した。
「うう......、痛ええ......」
 ああ、良かったー! ちゃんと生きてる!
 そうよね。まさか自転車で転んだ位じゃあ......。
 でも怪我はないかしら? やっぱりマズイわよ! 事故だもん!?
「あのー、声は聞こえますか? 返事はできますか?」
 裕美が男の人の意識があるかどうかを確認しようと声をかけると、彼も事態を認識し始めたようで呻くように声を出した。
「俺、転んだみたいですね......」
 しばらくして若い男は裕美の声を理解すると、腕や脚を動かし始めた。動転していた裕美の目には映らないし、理解できるものではなかったけれども身体が動くか、怪我はないかを確認していたらしい。
「痛え......。すいません、確か俺、接触したはずなんですけど......。そちらこそ大丈夫でしたか? 怪我はなかったですか?」
「えっと、わたしは腕は......、えーと、大丈夫みたいです。」