夏の日
「手間をかけさせたね」
しわがれた声が、そう言った。
ぼうっと座りこんでいた。腕を両足の上に置いて。右側は空き地。左側は空き家。
風が後ろから、どおんと背中をついた。息が止まりそうになった。風はそこで向きを変えたらしかった。ぐるりと右に曲がり、空き地に入ったらしかった。その形に髪の毛が揺らされ、空き地の草花が揺れた。風はぐるぐると空き地を回った。ごうと音がした。がしゃがしゃと金属音がうるさいので今度は左を見ると、空き家の門が激しく揺れているのだった。いきなりその空き家の玄関がばたんと開いたのでひどく驚いた。そのすぐあとにきいい、と音を立てて、玄関の扉は閉じた。
ぱたん。
開いたときより控えめな音だった。
静かになった。
ぼうっとすわりこんでいた。腕を両足の上に置いて。太陽光線はまっすぐにふってくる。ひどく暑い。じいんじいんと蝉が鳴いている。からからと自転車のタイヤが回る。
何かの影が見えて、振り返った。振り返って、目を丸くした。大きな犬がいた。黄土色の毛をしていた。長い毛だった。暑そうな。
ふんふんとあたりをかぎまわった。
自転車に鼻面を押しつけた。
それから、アスファルトに落ちたピンクの包装紙に包まれた何かを口元にひきよせて、口にくわえた。飲み込んだ。止める暇もなかった。犬はまわれ右をしてのそのそと、左側の空き家に入っていった。
ぼうっとして見送った。
じいんじいんと蝉の声がする。
からからと自転車のタイヤが回る。
ひどく。
暑い。
(2003/冬)