紅い瞳と女の子
だけれど、僕は彼女にかまわないことに決めていた。なにかして、彼女がまたあのおぞましい笑顔を向けられるのは、たまらなかったからだ。
それから僕はちょっと考え込む時間が多くなった。だって、彼女の笑顔は、僕の行いに彼女が反応した、初めてのことだったんだから。話しかけても答えなかった彼女が、突然行った鞠付き、そして僕の拍手への反応。どれをとってもそれまでとは全然違う出来事だったんだ。そもそも、彼女、あんな西洋的な服装で鞠付きだなんて、そりゃあもう、珍妙な光景だった。綺麗だけれど。そう、問題はそこだ。女の子はどこからどこまでも見慣れない顔立ちで、なにかどこかの行事で見た外国人にそっくりだったんだ。今ではイギリス人だとわかるけれど、当時は、そりゃあね。まだ排他的な時だったから。今はね、僕も外来語なんかペラペラ言ってるけれど、そのときはアクロバティックなんて単語、夢にも思ったことはないさ。
ある日のことで……いや、鮮明に思い出せるよ。九月の十八日だ……僕が珍しく早起きして配られた朝刊なんか読んでたときだ。うん、夏休みの宿題で新聞の切り抜きがあったんだけど、やってなかったんだね。僕は運命をそこに見つけた。
そう、運命さ、もちろん。だって、僕の目の中で生活してる女の子の写真が載ってたんだから。仰天した僕は、新聞を穴が開くほどににらみつけた。そこに書かれていた見出しが、とても、とても信じられなかったんだ。
『行方不明の高級舶来人形』。
彼女、人形だったんだ。
それにしちゃよく表情が動く人形だと思ったけれど、よく考えたら彼女の怖い笑顔は、女の子の遊んでいるハニーとかいう人形の笑顔にそっくりだったって気づいた。あの不気味な笑み。なくなったのは、ちょうど僕の目が充血した、二ヶ月前。イギリス製。喋らないのも納得したし、あの人間業とは思えない軽快な動きにも合点がいった。けれど、つまり、なんだ? 結局僕の問題は解決して無いじゃないか。いや、一つ、僕の妄想だという選択肢はそのときに消えたはずだ。だって、うり二つの人形があるなんて、僕はちいとも知らなかったんだぜ? 問題は二つだった。何故人形が現れたのか。何故目が赤くなるのか。
結局、この問題は解決してない。
とどのつまり、僕は今もこれが知りたいんだ。何故って、僕はそのことを調べるまもなく死んだからね。ほら、今ちょっと、もしやって思ったでしょ? 人形はしゃべれないけど、元が人間だとしゃべれるんだ。まぁ、とにかく僕は新聞を引きちぎって一人になれる場所まで走った。水無月の生け贄に使われる神社は、普段誰もいないからうってつけの場所だった。近いしね。僕は彼女に新聞の切り抜きを突きつけて、ほら、なんだこれ、君じゃないか、と、そういったんだ。その次に瞬きしたときは、女の子が僕の目と鼻の先まで近づいて、あの人形独特の恐ろしい笑みとは正反対の、とても可憐で綺麗で美しい、そう、病院で見せていた悲しそうな顔を見せていた。そして、
彼女の腕が、僕の赤くなった瞳に突っ込まれていた。
それから僕の死体が発見されるまでは、そう時間はかからなかったって話だ。
ここから、僕のちょっとした推理を聞いてくれ。
まず、彼女はいったい何だったのか。状況を考えれば自ずとわかるけれど、いま君に憑いてる……うん、憑いてる僕と同じ状況だ。これが世界にただ二つの事例だと考えるのは、ちょっと難しいね。だとすると、前に同じような事件があったはずだよね。彼女はいつからか誰かが視界に見えていて、そしてその誰かに『とりつく前の名前や体とかいった物』を見せて、魂をえぐられた。つまり正体を突き止めたから、その誰かに殺されたわけだ。人形だけど。ほら、八百万の神っていうじゃないか。人形にも五分の魂。あ、これは違うか。まぁとにかく、人形がどうやって憑いていた何物かの正体を突き止めたかはわからないけれど、その結果、今度は魂を取られた人形が僕に憑いたわけだ。
そこで、ちょっと重要、でもないな。ま、ちょっとしたことがあるんだけれど、彼女、どうやら僕のことが好きだったらしいんだよね。何故かというと、まず病院で僕の検査があったときに悲しそうにしてたって言ったろ? とりついてる魂にしちゃ、早く成仏したいのは当然だよ。今、僕もそうだ。だけど彼女はそれをいやがっていたわけだ。離れたくなかったんだね、僕と。鞠付きして見せたのだって、僕に好意を持ってほしかったからだろうね。笑顔、怖かったけど。そして今話したばっかりだけど、僕を殺すときの彼女の顔、見てみろよ。見れないけど。死んでも忘れられないね。
とまぁ、僕の想像を話したわけだけど、これで大方の想像はつくよね? 僕は名前も言ったし、君に顔を見せているし、生い立ちも死に様も語って聞かせた。君、僕の正体を知ったってことだ。
早く出してくれよ。……お、なんか体が君の方に引っ張られていくぞ。よかった。これで僕は成仏出来る。正直この緑色の世界での生活は、ちょっときつすぎるよ。ほら、次は君の番だから。頑張ってくれよ。なに、君はすぐ成仏出来るさ。僕がやったことと同じことをすればいいから。でも心残りなのは……心残りなのは、誰が、どうやって、この奇妙な連鎖を作り出したってことだ。君、それも突き止めてくれないか。
まぁ、正体を突き止めたら魂を抜かれるこの呪いのことだ。
もし呪いの正体を突き止めたら、何が起こるか想像もつかないけどね。