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1.三太の科白 2.爺婆の禅問答

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掌編小説(300字標準)
1.三太の科白
「ほんにこの世は屁のような」
 こんな文句を口にしている三太であるが、なかなか、そのような気楽なことは言っておれない苦境に陥っている。
「会社丸ごと、借金の担保に入ってるから、期限に返せなんだらおおごとになるよ、あんた」
「すぐ差し押さえて競売にはせんやろう。借換で継続すればいい。おまえさんのように心配してると何もできんよ」
 町工場を経営しているこの夫婦の悩みは、技術革新の波に洗われて、機械設備の更新に追われる事である。これに老齢化が加わって、同業者の中には廃業したのも数多くいる。子供に借金を残したくない人。跡継ぐ子供がいない人。
「所詮この世は浮草稼業だ」と、三太のセリフが聞こえる。
                      (2010.6.20)


2.爺婆の禅問答
「何を思って生きてなさるか」
「そんなこと、今の自分に尋ねられても、答えるは無理というもの」
 三太爺と春江婆が縁側で庭を眺めながら、いつものように話している。
「おっかーが、参観の教室で、先生に、あんたの時給いくらやと聞きよった」
父兄参観日に学校から帰って来た孫息子・武が、顔を真っ赤にして言った。    
「何を思って生きとるのか、武の母さんは」
 三太爺が呆れた顔で、武に同情するような風情で言ったとき、
「そんなこと、孫に尋ねても、答えるは無理というものでしょうが」
 と、婆の春江が三太爺に言い返し、二人が会話を繰り返す。
「武の母親は時給で働いてるのだなあ」
     「夫の勝が海外に出稼ぎにいっとるからのう」
      勝はこの爺婆の倅である。ドバイあたりにある日本の企業に勤めている。
                    (2010.6.25)