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チョコレートをたべたさかな

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「チョコレートを食べたさかな」


それは、甘くて、ほろ苦くて。
うっとりと酔わせて、全身の力が抜けていって。
夢見心地にさせて、ないと辛くなる。


「ねえ、これなんかどうかな?簡単そうじゃない?」
「どうれ?あ、いいんじゃない?美味しそう」
「ね?作り方も、混ぜて焼くだけ、みたいだし」
「いいなー、あたしも食べたーい」
「自分で作りなよー」

わいわいがやがや。
同僚達が眺めているのは、女性誌の、「初めてさんにもできる、手作りバレンタイン」なる記事。
その輪から外れて、私はぼんやりパンをかじっていた。

「楽しそうだねえ・・・」
「そりゃ、バレンタインだからな」

独り言に突然返答されて、私は慌てて横を向く。
いつの間にか、隣に同僚兼友人の男が座っていた。

「お、驚かせないでよ」

私の言葉に構わず、彼はおにぎりを頬張ると、

「女性誌の三大特集は、グルメ・恋愛・ダイエット。バレンタインは、そのうち二つの要素を満たしてる」
「ん・・・?恋愛は分かるけど・・・?」
「グルメ。女性は恋と同じくらい、チョコレートが好き」

私は思わず笑って、

「ヒトゴトだねえ」
「いんや。ヒトゴトじゃねーよ。俺にとって、バレンタインは楽しみでもあり、迷惑でもある」
「迷惑?何で?」

私の言葉に、彼は真顔で唐揚げを頬張りながら、

「男が一人でチョコレートを買ってると、哀れみの目で見られるからな」



彼に連れられて来たデパートは、一階で「バレンタイン・フェア」を催していて、通り抜ける隙間もないくらい、女性で溢れかえっていた。

「すっごいね・・・」
「適当に試食して回ろうぜ。珍しいチョコがいっぱいだ」

もたもたする私の手を引いて、彼はすいすいと人の波を泳いでいく。


すいすい、ゆらゆら、すいすいすいすい。


大変珍しい、バラの香りのチョコレート・・・
ただいま、名入れのサービスを・・・
今回のみの、限定品で・・・


あっちのチョーコはにーがいぞ。
こっちのチョーコはあーまいぞ。


店員の呼び声に応えて、人の波は流れを変え、彼は巧みに、目当てのチョコレートをつまんでいく。

「うーん、ナッツ・バーもいいけど、向こうの生チョコも捨てがたい。こっちのトリュフは、随分ブランデーが効いてるなあ」

彼の言葉を聞きながら、私はチョコレート酔いを起こしていた。

「ごめん、限界。すこし休んでいい?」

彼は、じっと私の顔を見つめ、

「じゃ、ちょっとお茶していこうか」



人々の波を乗り越えて、連れて行かれたのは、流行りのコーヒーショップ。
コーヒーを一口飲んで、ほっと一息。

「あの中に男が一人入っていくのは、相当な勇気がいるね」

私の言葉に、彼は頷いて、

「相当どころか、女性専用車両に男が乗り込むようなもんだ。下手したら、現行犯で逮捕される」
「何でだ」

思わず笑い声を上げる。彼は、コーヒーをすすりながら、

「先輩のこと、聞いた」

私は、ぴたっと口を閉ざした。

「・・・君にしては、速い」
「甘味同好会の同士だからな」
「・・・そんな同好会、立ち上げてんな」



先輩は、私の二つ上。
優しくて、人当たりのいい性格に、タレ目の甘い笑顔で、女性社員の人気が高い。
のんびりとしたその声が、耳元に響く。

『ボク、甘いものに目がないんだよねえ』



「と、いう訳だから、お前にこれをやろう」

彼が唐突に取り出したのは、一冊の絵本。

題名は、「チョコレートをたべた さかな」

「・・・何ですか?」
「先輩が、ご幼少のみぎりに読んだという絵本だ。これにチョコを添えて渡せば、完璧だ」
「何が」

思わず呟いてから、私は絵本を彼に押し返す。

「遅いよ。今更、こんなもの渡されても・・・」
「こんなものとは何だ。俺がせっかくネットで注文したというのに」

怒る彼に、私はのろのろと視線をあわせ、

「だって、もう、失恋したのに」


一昨日届いた、一通のメール。
それは、私の同僚の女の子から。

『ついにやったーーーー!!先輩に告白しちゃった!!しかもOK!!信じられない!!すっごく幸せ!!』

全身の力が抜けて、短く返信するのがやっとだった。

『よかったね。おめでとう』


彼は首をかしげて、私を見る。

「もういいのか?諦めるのか?」
「だって・・・しょうがないじゃない」
「ふーん。随分、簡単なんだな」
「簡単じゃない!!」

思わず叫んで、弾みでコーヒーをこぼしてしまった。
周りの客が、こちらに注目する中、彼は、黙って紙ナプキンでテーブルを拭く。

「簡単じゃない・・・簡単なんかじゃ・・・」

ぽろぽろと涙がこぼれてきて、私は慌てて顔を背けた。

「だったら、諦めんなよ」

彼の言葉に、私は首を振る。

「駄目だよ・・・約束だもん・・・」


応援するって、約束したから。
彼女は、私の友人だから。

先輩と同じくらい、彼女が好きだから。



今度は、デパートの地下。通常の食料品売り場。
だが、そこでも「チョコレート・フェア」は開催され、やはり女性客でごった返している。

「くらくらする・・・」
「頑張れ」

そう言って、彼は私の手を引いて、再び泳いでいく。


すいすい、すいすい、すいすーい、すいすい。


立ち止まったのは、高級チョコレート専門店。
一粒でン百円もするチョコレートが、ショーケースの中に鎮座していた。

「見ろ、この宝石のような輝きを。銀座のOLは、これを義理チョコにするんだぞ。俺も銀座に生まれたかった」
「生まれてどうする」

私の呟きを無視して、彼はショーケースを覗き込みながら、

「あの絵本に、このチョコを添えれば、無敵だ」
「だから」

彼は、指を一本立てて、私の言葉を遮ると、

「簡単じゃないんだろ?だったら、諦めんな。今伝えなかったら、絶対後悔するぞ」
「・・・伝えたら、後悔するよ」

私の言葉に、彼は首を振って、

「いいや。伝えないほうが悪い。このままじゃ、恋も友情も、いっぺんに失っちまうぞ」

そう言って、私の目を覗き込む。

「お前、このまま、彼女の友人続けられるか?ノロケ話や愚痴に付き合えるか?」
「・・・っ」
「物言わぬは、腹ふくるるなり、ってな。ふくれて破裂するまえに、吐き出しちまえよ」
「でも・・・」
「でもじゃねーよ。俺を信じろ。絶対後悔する。辛いぞー、言わずに後悔するのは」

そう言って、彼はぽつりと付け加えた。

「経験者は語る、だ」



私は、ぼんやりとベッドに座っていた。
足元には、彼から渡された絵本。

少年の落としたチョコレートを食べて、魚であることが辛くなった魚。
チョコレートのとりこになって、ついに死んでしまった魚。
チョコレートの好きな少年に生まれ変わった魚は、川にチョコレートのカケラを落とす。

因果は巡る、糸車。

彼の言葉が、何度も耳元で鳴り響く。
『経験者は語る、だ』

私は、つい先ほど受信したメールの文面を、何とか頭に入れようと、格闘していた。

『先輩にあげるチョコ、買いに行くの付き合ってくれない?何かお勧め、ある?』

何度も打ち間違えながら、やっとのことで返信した。