八国ノ天
第七章 八国ノ天
１
朝霧に包まれた森の道、昨晩の雨でできた水たまりに曇天が映り込んでいた。地響きとともに曇天が揺れる。
「立ち止まるな！ 進め！」槍を持った騎馬武者と足軽の群れが泥道を蹴散らしながら、道の彼方に小さく見える太陽の社へと進んでいた。
その後に、ニニギの馬と木沙羅を前に乗せたゴズの馬がぬかるみの上を駆けていく。
ニニギの顔は自信に満ちていた。
太陽の社が視界に入ってくる。
苦々しくも懐かしい場所――三年前と変わっていない。
太陽の社に着くと、兵士に囲まれながらニニギ、ゴズ、木沙羅の三人は馬から降り社の中へと進む。
（太陽の社……、三年前はキアラが助けに来てくれた。今度もまた……。ううん、頼っちゃダメだ。でも今の私に何ができる？）
そう考えながら顔を横に振り、木沙羅はニニギを見た。ニニギは顎髭を撫で、肩を揺らしながら歩いていた。
木沙羅が持っていた太陽の鍵はすでに、ニニギの手中にある。したがって、木沙羅がここにいる必要は無いはずである。
（この人の目的は何なの？ わからないのは八国の地の大半を手に入れても、まだカムイの力も手に入れようとしている。私を誘拐すれば場合によっては綾羅木、村久野と戦になるのはわかっていたはず）
そこまでして、手に入れたい理由が何なのか、その答えの一つがもうすぐ明らかになるはずだ、いや、明らかにしないといけない。木沙羅はそう考えた。
「着いたぞ」ニニギは立ち止まった。
そこはカムイが眠っている場所だった。部屋の奥に台座と人が入るくらいの大きな水槽らしきもの――カプセルがあった。
「始めろ」ゴズが兵に指示を出す。
（太陽のカムイ、ここにキアラのお姉さんがいる）
無機質な女性の声が響き、壁一面に見たことの無い文字や絵が次々と映し出されていく。
カプセルに女性の影が浮かび上がり始める。
緊張していたのは木沙羅だけでは無かった。ニニギもゴズも周りの兵たちも皆、固唾を飲んで見守っていた。
声が止むと、カプセルが開き人影がはっきりと姿形をあらわす。
ブロンドの後ろ髪を耳より上の位置で二本まとめ、髪全体が外に跳ね出ているのが活発な印象を与える。
黒いブラウスに白地の膝上まで伸びた短めのスカート。ブーツからレッグカバーがスカートまで伸びている。
七分丈の袖からは白い腕がのぞき、手に黒い手袋をはめていた。肩、肘、腰、膝にアーマーを装着していた。
彼女の格好はあきらかに、この時代のものではなかった。
「カムイ太陽だな」
少しつり上がった大きな双眸がニニギを捉える。
「起こされたと思ったら、三年前と同じ状況とはね。いったい何なのあなたたち」
（この人がキアラのお姉さん……愛耶愛（あやめ）さん）
じっと見つめていたのに気づいたのか、愛耶愛と目が合った。
「あなたはたしか……、キアラと一緒にいた子？」
木沙羅は頷いた。
愛耶愛はニニギとゴズに目を向け、
「キアラはどこなの？」
「月のカムイはいない。だが、いずれは現れるはず。このヒムカの王女、木沙羅が生きている限りな」
「ふぅ……、ぜっんぜんっ、わかんないんだけど。ヒムカって、昔の地名だよね？ それにあなたたち、三年前、キアラとその子を襲ったでしょ？」
彼女の挑発的な態度に兵が、ニニギの前に出て身構える。
ニニギは手を上げて制止させ、
「たしかに、そうだった。だが、今は違う。わしは伊都国の王ニニギ。我らにはカムイの力が必要だ。アトゥイの粛清に対抗するためにな」
「アトゥイ？ 今、アトゥイと言った？」愛耶愛の顔つきが厳しくなる。
ニニギは愛耶愛の感情を読み取ったかのように、アトゥイの粛清について説明する。
「なるほどね。要するに昔の武器を手に入れ、アトゥイに対抗しようってわけだ」
「そういうことだ」
「……わかった」
「おお、では力を貸してくれるのだな？」
「そうとは言っていない。まだ、聞きたいことあるし」
「何だ？」
「その子をどうするつもり？ なぜ、ヒムカの王女がここにいるのか説明してくれる？」
木沙羅もそれが聞きたかった。木沙羅はニニギの返事を待った。
「ふむ……、わかった」
ごまかしは通用しないと悟ったのかニニギは、木沙羅が三年前に太陽ノ鍵を奪いキアラと逃げてから捕らえるまでの経緯を説明した。
「ふぅん、そういう事か――」
愛耶愛は、何か納得したようだった。
「木沙羅がここにいるのは、あなた達があたしに殺されないようにするためだ。その子はキアラにとって、大切な子のようだし。それに、木沙羅が生きていると八国の人間が知れば、国も治めやすくなりそうだしね」
ニニギも木沙羅も驚いていた。
（そうだったんだ……、私は利用されるために生かされていたんだ……）
「我らに力を貸せば、木沙羅には何もしない。月のカムイにも会えるだろう。そもそも断る理由は無いはずだ。カムイの役割は、われわれ人間に繁栄をもたらすことだからな」
「わかった。もういいよ……」
愛耶愛は台座のそばにあるコントロールパネルに手を伸ばし、それを操作するとカプセルのそばから、音もなく筒状の箱が現れる。
「では、力を貸してくれるのか？」
ニニギがもう一度、尋ねる。
愛耶愛は黙って、箱から二種類の武器を取り出す。
一つは木沙羅の見たことの無い武器――クロスボウだった。愛耶愛はクロスボウの感触を確かめ、背中に装備する。
もう一つは木霊と同じ武器――長巻だった。少し木霊のものと違い、愛耶愛の長巻は刀身が大きく反っている。
最後に、創生ノ書と鍵を手に取ると、
「今はあなたたちについて行くわ。少なくとも、アトゥイに関しては協力する。だけど、一つ条件がある……」
「聞こう」
「木沙羅には手を出さないこと。木沙羅はこれからあたしと一緒にいる。いいよね？」
「ふむ……わかった。約束しよう」
ニニギは兵に指示し、木沙羅を解放する。愛耶愛は木沙羅の方へ歩き出す。
愛耶愛は木沙羅を片手で包むと、
「多分だけど、この時点で粛清はもう始まったと考えた方がいいよ」
「何だと？ そうであれば急がねばならぬ。武器は今、与えてくれるのでは無いのか？ 鉄蜘蛛とかいうやつも」
「鉄蜘蛛？ ああ、大型兵器ね。そういったものはここには無いかな。少し離れた場所に武器庫があるから、そこにまず移動しないと」
「おお！ そうなのか。ところで、その武器の数はどれくらいある？」
「五千以上はあるかな。この人数で運び出すのは無理。鉄蜘蛛のような大きなやつもあるだろうし。トラックとかある？」
「とらっく？ それは何だ？ 大きい武器は馬にひかせよう。とにかく、それなりに準備が必要だな。一旦、城に引き上げるとしよう」
兵たちが引き上げる中、木沙羅を前に乗せ愛耶愛が手綱を握ると、ニニギとゴズの馬が前を走り出す。
「あの、愛耶愛さん」
「愛耶愛でいいよ。あたしも木沙羅って呼ぶから」
愛耶愛が背後から笑顔で木沙羅の顔を覗き込む。木沙羅が振り向いたとたん、間近に愛耶愛の顔が飛び込む。亜麻色の瞳がじっと木沙羅を見つめていた。
何から話せば良いか戸惑っていると、愛耶愛の方から話しかけてきた。
「ね、木沙羅はキアラとどんな関係なの？ 彼女？」