夜顔
序章
夏場真っ盛りのこの季節、太陽は力の限り地球を暖めているだろう。
それで も、この地下牢では太陽など関係ない。光が入らないのだから。だが蒸し暑さだ けは別で、こんな辛気臭いところにも侵入してくるあたり、物好きすぎるともい えよう。その中で俺は、常時目隠しをされたままの生活を送っていた。何ヶ月も 目隠しされていれば、流石に慣れてはきていたのだが、何も見えないのは本当に 退屈すぎる。
まぁ、身体を制限されているのは目だけに限った事ではない が。
「α-21、起きろ」
初老が入ったのであろう男性の声を 耳が受け取ったときには、俺はもう既に目が覚めていた。
起こしに来たからに は仕方ないので体を起こすと、その反動で動いた鎖が、石床の上を引きずる音を 発する。
「飯は・・・結局食わなかったのか」
当たり前だ。手 錠をかけられて、目隠しをされたままどうやって食せというのだ。おかげで腐臭 を漂わせているのだから、迷惑極まりない。
まぁ、いい加減この不条理な 生活もやっと解放されると清々する。
「今日の今日までよくノコノコと生 きていたものだな。最後の思い出として、目隠しだけは解いてやろう」
そういうと、俺の後頭部に手が触れた。プラスチックのホックを外すと、今まで 黒で染め上げた視界に色が入ってきた。
久々の色は全体的に薄暗く、緑と褐 色が混じった壁に、白い綿毛を浮かばせている濃いオレンジ色のスープを入れた 白い皿と、カーキ色の軍服に似た制服を着こなしたおっさんだけだった。
最 後だというのに、この光景はあんまりだろう常識的に考えて。
「ついてこい」
そういってカーキ色のおっさんは、俺の身体に巻きつ いている鎖を引っ張りあげる。
俺は犬か。・・・いや、この姿は野良犬以下だ ろう。自由になったのは目だけであって、手錠にアームバインダー、足枷と、ほ ぼ全身の行動を制限している姿など。
おっさんの後をついていく。静 寂で長い廊下を歩いた先に、小豆ほどのサイズで扉が見えた。徐々に近づいてい き、扉の大きさを把握する。直立した人間を四人分ほど並べた幅、高さは三メー トル程といった感じだろう。
扉を開けると、そこには新しく三人のおっ さんが座っていた。前、右、左へと席があって、そこに各おっさんが一人ずつ座 っている形で部屋は構成されていた。その中央に、ぶら下がった縄と、なにやら 正方形の線が浮かぶ床と、そして段数が少ない階段と。
「α-21、こ れが最後の会話となるな。お前の望みを一つだけ聞いてやろう」
前のお っさんが口を開き、口を少し上に吊り上げる。なんとなく無機質な感じがするの は、前のおっさんだけではなく、右も左も、そして俺を連れてきたこのカーキ色 のおっさんも、皆が皆無機質な感じがした。
そんな無機質な奴らに、この 質問に答えてくれるかどうかは分からないが・・・
「リーゼはどこだ」
前のおっさんの眉が、微動する。そして机に肘を置き、手を組んで顔を置いて、 深刻そうに答える。
「ああ・・・アイツはな、今この場所にいる」
「そうか、やはりそこだったか・・・」
素直に答えてくれたの には意外だった。聞いたとき、脳汁が溢れ出したというか、頭が凄く爽快になる 感覚に陥っていた。
「α-21よ、願いは叶えた。これで悔いはあるまい 」
左のおっさんが、無機質な圧迫感を醸し出す。それに屈して俺は頷 いてしまった。どうせ下手に言い訳したところで状況が逆転するわけでもない。
カーキ色のおっさんが、俺を段数の少ない階段へと手招きする。階段の先には輪 を作ったロープがぶら下がっているのみ。