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北の山中に人魚を見た!?

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「北の山中に人魚を見た!?」


「人魚?」

僕は、カウンターに並んで座っている相良の顔を、思わず覗き込んだ。

「って、今更?」

人魚なんて、海に行けば嫌でも見れる。

「いや、今更とか言うなよ。俺が言ってるのは、北の山。海じゃなくて」
「山に人魚がいるわけないじゃないか。いるのは海」
「だーかーらー、それを確認してもらいたいんだって」
注文したラーメンが出てきたので、僕はそれを受け取りながら、
「自分で行けばいいだろう?」
「それが出来ないから、頼んでるんじゃないか。俺はチョコレートでできた鶏に会いに行くの」
「・・・そんなの、またガセだよ」
「いいんだよ!もしかしたら、チョコレートの卵を産むかも知れないぞ?」

相良は、自分の分のラーメンを一気に平らげると、

「ごっそーさん。じゃ、頼んだぞ、友よ」
「はい!?」

もたもたしてる間に、相良は二人分のラーメン代を払ってしまう。

「吉報を待っているぞ、心の友よ!!」
「あっ!!待てこらーーー!!山に人魚がいるわけないだろーーーーーー!!!」



「で?ラーメンに買収されて、こんなとこまで来たわけ?」

遠野は、リュックサックを背負いなおしながら、霧に覆われた山を示す。

「買収されたわけじゃないけど・・・頼まれたものは、仕方がないじゃないか」
「ほっとけばいいじゃねーか。原稿が落ちたところで、俺が困るわけじゃない」
「そうだけどさー・・・」

僕もリュックを背負い直しながら、霧に覆われた道に視線を向けた。
遠野は、再び山を見上げると、

「まあ、もしかしたら、人魚がいるかも知れないぞ?何せ、地元じゃ評判の、魔の山なんだから」
「う・・・それを言うなよ・・・」

道の先は霧がかかり、いかにもな雰囲気を漂わせている。
僕は、恐る恐る霧の中へと足を踏み出した。



「なあ、今の季節に、この花が咲いてるなんて、珍しくね?」
「うん、そーだねーって、それ何回目だよ!?」

思わず怒鳴ってしまう。
遠野は冷静に、「4回目」と答えた。

「明らかにおかしい!!さっきから、同じところをぐるぐる回ってる気がする!!」
「そうだな」

あっさりと言われても、事態は打開しない。

「だから、『魔の山』って言われてんじゃないか。どうやっても、山の中に入れないって」

そう、それは地元では有名な話で、どうやっても同じところに出てしまい、結局、山の中に入ることを断念してしまうのだという。

「ああもう、いいよ!!帰ろう!!相良には、「山に入れなかった」って言っておくよ!!」

僕が引き返そうとすると、遠野は「ちょっと待て」と言った。

「何?もういいから、どっかでご飯食べてこうよ」
「ここ、この地面、よく見てみな。微妙に色が違うだろ?」

遠野の指差す先を、目を凝らして見てみる。
確かに、微妙に色が濃いような・・・?

「そんなの、湿ってるだけじゃないの?」
「いいや、これ、幻術だ。恐らく、色の濃いところを踏むと、同じ場所に出るようになってんだろ」

そう言って、遠野は僕の手を引き、地面の色が薄くなっているところまで行く。

「だから、道から外れればいいはずだ」

遠野は、そういい残して、さっさと霧の中にジャンプしてしまう。

「あ、待ってよ!!」

僕も慌てて、霧の中に飛び込んだ。
不意に、何かが体に絡みつく。
まるで、ゼリーの中に飛び込んだような。
その感覚も一瞬にして消え、目の前には遠野と、霧の晴れた道がある。
遠野は、道の先に目をやって、

「あの霧も、幻術なんだろうな。仕掛けがばれないように」
「はー、なるほどー・・・って、言ってよ!!」

遠野は冷静に、

「お前が、何週目で気がつくかと思って」
「言ってよ!!」



道は曲がりくねってはいるものの、基本は一本で、たどり着いた先に大きな湖があった。

「うわー!!すげー綺麗!!」

僕は思わず歓声をあげる。
湖は、深い青色をしていて、静かにさざなみが立っている。
遠野がカメラの用意をしている間に、僕は湖のふちに立って、水に手を入れようとした。

「汚い手で触らないで!!」

いきなり怒鳴られ、驚いて顔を上げる。
見知らぬ女性が立っていて、僕をにらみつけていた。
僕が口を開く前に、女性は僕に近づいてくる。

ずるりずるり。

「あんたね、誰だか知らないけど、そんな汚れた手を・・・あんた人間?」
「へ?あ、はい」

唐突な問いかけに、僕は反射的に頷く。

「ええーーーーーー!?本当の本当に人間!?うっそ、すごーーーーーい!!」

突然、女性が叫んだので、僕は危うく湖に落ちるところだった。

「ちょっとやだー!!カメラカメラ!!あ、ちょうどいいわ!!写真撮って!!」

遠野は、ちらっと僕を見た後、黙ってカメラを構える。
女性は、断わりもなく僕と腕を組むと、嬉しそうにピースサインをして、写真に納まった。

「やだもー、来るなら来るで言ってよねー!!あ、サインもらわなきゃ!!一緒に来て頂戴!!」

無理やり腕を引っ張られ、僕は、遠野に視線で助けを求める。
遠野は、僕の足元を指で示した。
何のことかと視線を落とすと、僕の足と、彼女の黒光りする胴体と尾ひれが目に入る。

「・・・・・・」

さっきから、ずるりずるりと音がしているのは、彼女が胴体をくねらせて進んでいるからだ。



「ごめんなさいねー、散らかしてて。まさか、来客があるなんて、夢にも思ってなかったものだから」
「あ・・・お構いなく」

彼女が入れてくれたお茶は、見た目もにおいも普通のハーブティーなのだが、怖くて手が出せない。
遠野は、平気な顔でお茶をすすると、

「あんた、なんて種類?」

なんて聞いている。

「えっ、ちょっと、前置きなしにそんな」

僕の焦りに構わず、彼女は椅子に腰掛けると、

「あたし?ネレイドって言ってる」
「人魚とは違うのか?」
「うーん。遠い親戚みたいなものかな」
「何で山にいるんだ?」
「え?だって、ネレイドは山にいるものよ」

唐突な展開に、僕がついていけないでいると、彼女は僕のリュックをあけて、

「ねえねえ、これ何?」

と言って、店名の入ったビニール袋を取り出す。

「い、いきなり何してんだ、あんた!!」
「ああ、それは、ふもとの店で買ったラーメン。こいつ、一人暮らしだから」

遠野があっさりと答えた。

「らーめん?って、何?何するの?」

本気で聞いてくる彼女に、僕は驚いて、

「え?ラーメンって、食べたことない?」
「ないない。第一、この辺お店がないもん」
「・・・確かに」



何故か、僕は台所で、三人前のラーメンを作ることになる。
そもそも、彼女は料理をするんだろうか、するとすれば、何を食べるんだろうかと思いつつ、彼女にラーメンを振舞った。
彼女はすっかり気に入り、もっと欲しがったけれど、さすがにそこまで買い込んでいない。

「じゃあさ、じゃあ、今度また買ってきて!!お礼するから!!」
「・・・君は買いにいけないの?」
「お金ないもの」

妙に現実的な答えに、僕は力が抜けてしまう。遠野が、「あの幻術は君?」と聞いていた。
彼女は首を振り、