いちごのミミーちゃん
「イチゴのミミーちゃん」
私は甘いものが苦手だ。
特に、アンコが入っている和菓子は、吐き気がするほどだ。
断わっておくが、私は、和菓子になんの恨みもない。あくまで、一個人の嗜好なのである。
私にとって、端午の節句も春秋のお彼岸も、なんら情緒を感じるものではないし、柏餅やおはぎを食べたいとも思わない。
和菓子屋は、恐らく私が一生足を踏み入れない店であろう。
今、私の目の前には、ピラミッドを連想させるほど積み上げられた、イチゴ大福がある。
この皿が、後2枚、私の後ろで静かに出番を待っていた。
ここは、昔からあるスーパーの駐車場。
一段高くなった会場に、会議室などでよく見かける長いテーブルが並べられ、見物客に向かって、横一列に並んで座るようになっている。
後ろには、大きな看板がかかっており、赤い文字で、
「イチゴのミミーちゃん杯 第一回イチゴ大福早食い大会」
と、書かれており、その下には、イチゴの服を着た、大きなウサギのぬいぐるみが鎮座していた。
「ミミーちゃん」とは、今大人気のウサギのキャラクターであり、「イチゴのミミーちゃん」とは、イチゴをデザインした服を着たミミーちゃんのことであり、私は「イチゴのミミーちゃん」を世に送り出した奴らを憎む。
「制限時間は15分。最初に3皿完食するか、より多くの大福を食べた方の優勝でーす!!」
司会者の声に、周囲の見物客から拍手が起きた。その中には、私の妻と、期待に目を輝かせた娘がいる。
私の左右には、年齢も様々な男女(女性のほうが多い)が、同じように積まれたイチゴ大福を前に、真剣な顔をしていた。
「皆さん、準備はよろしいですかー!?」
・・・皿をひっくり返す準備でもするか?
「では、よーい、スターーーーーート!!」
笛の音が響き渡り、私は、大福二個をつかむと、一気に口に放り込んだ。
その瞬間、イチゴの甘酸っぱさと、こしあんの上品な甘さが、口の中で絶妙なハーモニーを・・・って、食えるかーーーーー!!!
妄想の中で、イチゴ大福を司会者に投げつけつつ、私は脳に突き刺さる甘さと戦っていた。
それでも、大福を食べる手を休めないのだから、ノーベル賞をもらってもいいんじゃないだろうか。ノーベルイチゴ大福賞。
分かっている。元はといえば、私の自業自得なのだ。
今年小学校にあがった娘と、「誕生日にプレゼントを買ってくる」約束をしたのに、見事に忘れてしまったのだ。
その日は、大事な取引先との接待が・・・小学一年生に、接待の意味など分かるわけがない。
しかも、まずいことに、その日一日限定で発売される「イチゴのミミーちゃんぬいぐるみ」を買ってあげる、と言ってしまったのだ。気づいたときには、日付が変わっていた。
後で何か埋め合わせをしないと、と思いつつ、娘の寝顔を見に部屋に入ると、真新しい机の上に、一枚の画用紙を見つけた。
黒のクレヨンで、「おとうさん」とだけ書かれた、白い画用紙。
妻に聞いたら、「学校の宿題」だということだった。
よくある、「お父さんの顔を書きましょう」いうやつだ。
まだ、「おとうさん」しか書いてなかったぞ、と妻に言ったら、彼女は笑いながら、
「書いてないんじゃなくて、書けないのかもね。あなたと顔をあわせないから」
・・・ショックだった。
妻は慌てて「冗談よ」と言ったが、確かに、私が家を出るのは、あの子が起きる前で、帰ってくるのは、寝てからだ。父親の顔を書けないのも、不思議ではない。
私が仕事をする理由、それは、家族の為だ。
大抵、そうじゃないか?最後は、女房子供の為じゃないか?
子供は可愛い。そんなのは当然だ。私の子なのだから。
だが、私は娘に、顔を覚えてもらえない父親だったのだ。「お父さんの顔を書く宿題」を出されても、娘は私の顔が書けなかったのだ。
そんな時に知ったのが、商店街主催の「イチゴ大福早食い競争」。
一等の商品が、「イチゴのミミーちゃん特大ぬいぐるみ」だと知ったとき、私は反射的に応募用紙を書き上げていた。
人間、どんなにあがいても限界はある。
腕(腹?)に自信のある挑戦者達も、食べても食べても減らない大福を前に、次々脱落していった。
「さーーー!!早くも残るは4人!!皆さん互角の勝負です!!」
司会者の大口に大福を詰め込みたい誘惑を抑えつけながら、私は遅れまいと大福を口にする。
「おおっとーー!!全員ほぼ同時に2皿目完食!!3皿目突入です!!」
私は、父のことを思い出していた。
父もまた、仕事一筋の人間で、私は父との思い出がほとんどない。全くないと言ってもいいくらいだ。
そんな父が嫌いだった。自分はそうなるまいと決心していた。
自分は、家族を一番大切にする、と。
娘が生まれたとき、誓いを新たにしたんじゃなかったのか?
妻に結婚を申し込むとき、誓ったんじゃなかったのか?
彼女と出会ったとき、この人となら、幸せな、理想の家庭を築けると、確信したんじゃなかったのか?
いや、もしかしたら、父も同じことを思っていたのかもしれない。
同じように、家族を大切にしようとして、結果的に家族をないがしろにしてしまったのではないか。
私と同じ思いを、父も感じていたのだろうか。
そうだ、私も、父の顔を書く宿題が出て、困ったことがあった・・・。
私の脳裏には、今までの人生が走馬灯のように・・・って、死ぬのか!?
慌てて、人生の走馬灯を脳裏から追いやり、私はライバル達の様子を横目で確認する。
大福の減り具合は、ほぼ互角と言っていい。私と同年齢くらいの女性と、やや若い女性が一歩リードしているようで、若い男性が、私より1個半くらい遅れていた。
商品は三等まで用意されている。ここまできて、脱落するのだけは嫌だ。
これ以上、娘を落胆させたくない。頼む!誰か落ちてくれ!!
私の願いと言うか怨念と言うか、執念が届いたのか、若い男性が激しくむせ込み、胸を叩いた後、リタイアを告げる白旗をあげた。
「ああーーーーーーー!!リタイアだーーーーーー!!ここまできて、もったいないーーーーー!!」
司会者の絶叫、見物客のため息や悲鳴、私の拍手喝采(あくまでも心の中で)。
ここまできたら、優勝を!!
意気込んで、ラストスパートをかけたその時、
ぽつ。
何かが鼻の頭に当たり、思わず視線だけ空に向けた。
見物客達も、一斉に空を見上げている。
あんなに気持ちよく晴れ渡っていたのに、今や空を覆いつくすほどの黒雲が現れ、
ぽつ・・ぽつ・・どざーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
あっと言う間に土砂降りの大雨で、見物客は元より、司会者や選手の我々も、慌ててスーパーの中に駆け込んだ。
「酷い目にあった・・・」
呟きながら、配られたタオルで頭を拭く。
「あなた、大丈夫?」
「お父さーん」
心配して、妻と娘が私に近寄ってきた。私は、「大丈夫だよ」と答えながら、先ほどから主催者達が司会者となにやら話し合ってるのが、気にかかっていた。
スーパーのガラス窓を通して、ずぶぬれの会場が見える。
雨に打たれる会場、一段あがったステージから、水が滝のように落ちていた。
私は甘いものが苦手だ。
特に、アンコが入っている和菓子は、吐き気がするほどだ。
断わっておくが、私は、和菓子になんの恨みもない。あくまで、一個人の嗜好なのである。
私にとって、端午の節句も春秋のお彼岸も、なんら情緒を感じるものではないし、柏餅やおはぎを食べたいとも思わない。
和菓子屋は、恐らく私が一生足を踏み入れない店であろう。
今、私の目の前には、ピラミッドを連想させるほど積み上げられた、イチゴ大福がある。
この皿が、後2枚、私の後ろで静かに出番を待っていた。
ここは、昔からあるスーパーの駐車場。
一段高くなった会場に、会議室などでよく見かける長いテーブルが並べられ、見物客に向かって、横一列に並んで座るようになっている。
後ろには、大きな看板がかかっており、赤い文字で、
「イチゴのミミーちゃん杯 第一回イチゴ大福早食い大会」
と、書かれており、その下には、イチゴの服を着た、大きなウサギのぬいぐるみが鎮座していた。
「ミミーちゃん」とは、今大人気のウサギのキャラクターであり、「イチゴのミミーちゃん」とは、イチゴをデザインした服を着たミミーちゃんのことであり、私は「イチゴのミミーちゃん」を世に送り出した奴らを憎む。
「制限時間は15分。最初に3皿完食するか、より多くの大福を食べた方の優勝でーす!!」
司会者の声に、周囲の見物客から拍手が起きた。その中には、私の妻と、期待に目を輝かせた娘がいる。
私の左右には、年齢も様々な男女(女性のほうが多い)が、同じように積まれたイチゴ大福を前に、真剣な顔をしていた。
「皆さん、準備はよろしいですかー!?」
・・・皿をひっくり返す準備でもするか?
「では、よーい、スターーーーーート!!」
笛の音が響き渡り、私は、大福二個をつかむと、一気に口に放り込んだ。
その瞬間、イチゴの甘酸っぱさと、こしあんの上品な甘さが、口の中で絶妙なハーモニーを・・・って、食えるかーーーーー!!!
妄想の中で、イチゴ大福を司会者に投げつけつつ、私は脳に突き刺さる甘さと戦っていた。
それでも、大福を食べる手を休めないのだから、ノーベル賞をもらってもいいんじゃないだろうか。ノーベルイチゴ大福賞。
分かっている。元はといえば、私の自業自得なのだ。
今年小学校にあがった娘と、「誕生日にプレゼントを買ってくる」約束をしたのに、見事に忘れてしまったのだ。
その日は、大事な取引先との接待が・・・小学一年生に、接待の意味など分かるわけがない。
しかも、まずいことに、その日一日限定で発売される「イチゴのミミーちゃんぬいぐるみ」を買ってあげる、と言ってしまったのだ。気づいたときには、日付が変わっていた。
後で何か埋め合わせをしないと、と思いつつ、娘の寝顔を見に部屋に入ると、真新しい机の上に、一枚の画用紙を見つけた。
黒のクレヨンで、「おとうさん」とだけ書かれた、白い画用紙。
妻に聞いたら、「学校の宿題」だということだった。
よくある、「お父さんの顔を書きましょう」いうやつだ。
まだ、「おとうさん」しか書いてなかったぞ、と妻に言ったら、彼女は笑いながら、
「書いてないんじゃなくて、書けないのかもね。あなたと顔をあわせないから」
・・・ショックだった。
妻は慌てて「冗談よ」と言ったが、確かに、私が家を出るのは、あの子が起きる前で、帰ってくるのは、寝てからだ。父親の顔を書けないのも、不思議ではない。
私が仕事をする理由、それは、家族の為だ。
大抵、そうじゃないか?最後は、女房子供の為じゃないか?
子供は可愛い。そんなのは当然だ。私の子なのだから。
だが、私は娘に、顔を覚えてもらえない父親だったのだ。「お父さんの顔を書く宿題」を出されても、娘は私の顔が書けなかったのだ。
そんな時に知ったのが、商店街主催の「イチゴ大福早食い競争」。
一等の商品が、「イチゴのミミーちゃん特大ぬいぐるみ」だと知ったとき、私は反射的に応募用紙を書き上げていた。
人間、どんなにあがいても限界はある。
腕(腹?)に自信のある挑戦者達も、食べても食べても減らない大福を前に、次々脱落していった。
「さーーー!!早くも残るは4人!!皆さん互角の勝負です!!」
司会者の大口に大福を詰め込みたい誘惑を抑えつけながら、私は遅れまいと大福を口にする。
「おおっとーー!!全員ほぼ同時に2皿目完食!!3皿目突入です!!」
私は、父のことを思い出していた。
父もまた、仕事一筋の人間で、私は父との思い出がほとんどない。全くないと言ってもいいくらいだ。
そんな父が嫌いだった。自分はそうなるまいと決心していた。
自分は、家族を一番大切にする、と。
娘が生まれたとき、誓いを新たにしたんじゃなかったのか?
妻に結婚を申し込むとき、誓ったんじゃなかったのか?
彼女と出会ったとき、この人となら、幸せな、理想の家庭を築けると、確信したんじゃなかったのか?
いや、もしかしたら、父も同じことを思っていたのかもしれない。
同じように、家族を大切にしようとして、結果的に家族をないがしろにしてしまったのではないか。
私と同じ思いを、父も感じていたのだろうか。
そうだ、私も、父の顔を書く宿題が出て、困ったことがあった・・・。
私の脳裏には、今までの人生が走馬灯のように・・・って、死ぬのか!?
慌てて、人生の走馬灯を脳裏から追いやり、私はライバル達の様子を横目で確認する。
大福の減り具合は、ほぼ互角と言っていい。私と同年齢くらいの女性と、やや若い女性が一歩リードしているようで、若い男性が、私より1個半くらい遅れていた。
商品は三等まで用意されている。ここまできて、脱落するのだけは嫌だ。
これ以上、娘を落胆させたくない。頼む!誰か落ちてくれ!!
私の願いと言うか怨念と言うか、執念が届いたのか、若い男性が激しくむせ込み、胸を叩いた後、リタイアを告げる白旗をあげた。
「ああーーーーーーー!!リタイアだーーーーーー!!ここまできて、もったいないーーーーー!!」
司会者の絶叫、見物客のため息や悲鳴、私の拍手喝采(あくまでも心の中で)。
ここまできたら、優勝を!!
意気込んで、ラストスパートをかけたその時、
ぽつ。
何かが鼻の頭に当たり、思わず視線だけ空に向けた。
見物客達も、一斉に空を見上げている。
あんなに気持ちよく晴れ渡っていたのに、今や空を覆いつくすほどの黒雲が現れ、
ぽつ・・ぽつ・・どざーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
あっと言う間に土砂降りの大雨で、見物客は元より、司会者や選手の我々も、慌ててスーパーの中に駆け込んだ。
「酷い目にあった・・・」
呟きながら、配られたタオルで頭を拭く。
「あなた、大丈夫?」
「お父さーん」
心配して、妻と娘が私に近寄ってきた。私は、「大丈夫だよ」と答えながら、先ほどから主催者達が司会者となにやら話し合ってるのが、気にかかっていた。
スーパーのガラス窓を通して、ずぶぬれの会場が見える。
雨に打たれる会場、一段あがったステージから、水が滝のように落ちていた。
作品名:いちごのミミーちゃん 作家名:シャオ