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36、祖父母の家にて




 夏――。
 沙織は何事もなく過ごしていた。与えられた仕事も順調で、モデルだけでなく今ではちょっとしたタレントもどきな仕事もくるようになっていた。ユウとは相変わらず限られた時間の中で会っていたが、それでも順調に交際は続いている。
 鷹緒は帰国間もなくして、日本でのスケジュールが一気に抑えられた。そのため、あちこちに引っ張り回され、二年半前の鷹緒よりも更に忙しくなったと感じるほどである。沙織ともほとんど会う機会はなかった。

 ある日。沙織はお盆休みを利用して、家族揃って母方の祖父母の家へ行くことになっていた。いつもはほとんど休みのない沙織の父親も、一人暮らしをしている大学生の兄も、久々に帰ってくるということで実現したものだった。
 久々に一家揃った小澤家は、数年ぶりに祖母の家を訪ねる。
「わあ、変わってない。おばあちゃんの家!」
 沙織が目を輝かせて言った。それに頷いて沙織の兄、雅人も口を開く。
「本当、ずいぶん来てなかったもんな。俺は中学生以来かな……夏休みには、よくここに来て遊んでたのに」
「いらっしゃい。雅ちゃんも、沙織ちゃんも、大きくなったわね」
 祖父母が沙織たちを見て言った。優しそうに目を細めている。久しぶりに会うというのに、その笑顔で沙織の心は一気に解れていた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、お久しぶりです。お世話になります!」
 一同は中へと入っていった。

「相変わらず、お庭も広いなあ」
 縁側に座りながら、沙織が言う。
「沙織ちゃん。沙織ちゃんの写真あるわよ」
 そう言って、祖母がアルバムを持って隣に座った。
「へえ、俺も見たい」
 雅人も興味津々でアルバムを覗きこむ。そこには幼い頃の沙織と雅人がいた。
「うわあ、いくつだろう。俺が五歳くらいかな?」
「じゃあ、私は二歳?」
 沙織がアルバムをめくると、見知らぬ少年が映った。
「あれ? この人……」
「鷹緒兄ちゃんだろ? よく遊んでくれたじゃん」
 雅人が言った。沙織の祖母は鷹緒の伯母に当たる。沙織はそれを聞いて、写真に目を凝らす。
「え! そういえば、そうかも……」
「これは鷹緒が十六歳くらいの時じゃないかしらね」
 祖母が言った。沙織は祖母を見つめる。
「鷹緒さんも、よくここに来てたの?」
「ああ、沙織ちゃんは覚えてないのね。鷹緒は高校生時代、ここで暮らしてたのよ。卒業してから家を出て、すぐに結婚してしまったけれどね……」
 祖母の言葉に、沙織は驚いた。
「え、鷹緒さんが、ここに?」
「俺は覚えてるよ。俺たちがここに遊びに来た時は、いつも一緒に遊んでくれたじゃん」
「へえ。鷹緒さんが……」
 雅人の声を聞きながら、沙織はもう一度写真を見つめる。
 当時、あまりの幼さに消えてしまった記憶が、写真を通して蘇るような気がした。なにより写真に写っている鷹緒は、まだあどけなさが残る少年で、今の自分よりも年下であり、知らない時代がそこにあった。
「さあ、そろそろご飯にしようかしらね」
 祖母がそう言ったので、沙織も立ち上がる。
「おばあちゃん、私も手伝う。でも、このアルバムは貸してもらってていい? 後でじっくり見るから」
「いいわよ」
 沙織は祖母について、台所へと向かっていった。

 その夜。大人たちが盛り上がる中、沙織は縁側でアルバムを見返した。幼い頃の自分の隣には、間違いなく鷹緒の姿があった。見覚えのある眼鏡をかけている。日本を発つ直前までかけていた眼鏡だ。この写真を見て、年代物だったことがわかる。
(私の知らない鷹緒さん。親戚なのに、何も知らない……)
 心の中で沙織はぽりつと呟いた。
「沙織ちゃん。もう寝る?」
 そこに、祖母が声をかけた。
「あ、まだ大丈夫……」
「酔っ払いばかりだから、つまらないでしょう?」
「ううん。これ、ありがとうございました」
 沙織はそう言って、アルバムを祖母へ返す。
「いいのよ。これを見ると、みんなずいぶん大きくなったことがわかるわね」
「うん……」
「鷹緒と、同じ職場にいるんですって?」
 その時、祖母が尋ねた。
「あ、うん。最近は、あんまり会わないけど」
「そう。元気にしてる? ちっとも連絡よこさないから……」
 まるで母親のようにそう言った祖母に、沙織は軽く笑う。
「うん、元気そうだよ。なんかおばあちゃん、鷹緒さんのお母さんみたいだね」
「そうね……」
「私、小さい頃の鷹緒さんとの記憶、あんまりないから……ここに暮らしてたって聞いて、びっくりした。仕事で一緒だし親戚だけど、なんにも知らないんだって思った……」
 祖母は頷きながら、沙織の隣に腰を落ち着かせた。遠い日を思い返すように、祖母の目は暖かい。そして静かに口を開いた。
「鷹緒の父親は政治家でね。あの子が……鷹緒の母親が死んで、それからすぐに父親が再婚したのよ。その人との子供が生まれた時には、鷹緒も思春期真っ只中で、荒れて荒れて……父親はそんな鷹緒を表に出したくなかったみたいだけど、とうとう放り出すように、うちに連れて来てね。しばらく預かることになったのよ。それが、鷹緒が十五歳の時……」
 祖母の言葉に耳を傾ける沙織は、知られざる鷹緒の過去を知った。
「でも、今ではあの子がカメラマンとして活躍しているのを見て、ホッとしているのよ。沙織ちゃんもモデルさんになって、誇らしいわ」
「おばあちゃん……」
 相変わらず優しげな祖母の瞳に、沙織もつられて微笑む。
「そうそう、鷹緒がカメラに興味を示したのは、この家でなのよ。鷹緒がおじいちゃんから古いカメラをもらって、よく庭で花とか虫とか撮ってたわ……ほら、この写真を撮ったのも鷹緒よ。今思えば、写真を撮ることがあの子にとって、救いになってるのかもしれないわね……ああ、ごめんなさいね。こんな昔話思い出しちゃって」
 沙織が写っている写真を指差しながら、祖母がそう言った。まだ子供だった鷹緒が撮ったという、ごく普通の写真である。しかし言われてみれば、鷹緒らしい写真といえるかもしれない。
 苦笑している祖母に、沙織は首を振った。
「ううん。鷹緒さんにそんな過去があるなんて、知らなかった……なんか今では親戚というよりも、仕事の先輩って感じだから、不思議な感じ。でも、いろいろ知れてよかったな」
「そう。まさか鷹緒と沙織ちゃんが同じ職場で働くとは、思ってなかったわ。あの子はどう? うまくやってるのかしら?」
「うん。スケジュールも一杯みたいだし、ニューヨークに行っても、日本の仕事までやってたんだもん。すごい人だと思う……」
 そう言った沙織に、祖母はホッとした顔を見せる。
「そう、よかった……あの子は母親がいないから、私が母親代わりみたいなところはあるのよ。あの子は私たちには優しかったけど、いつも寂しそうで、不憫でならなかったから……」
「へえ……」
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音