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4、ミーハー彼氏




 夕方。篤が沙織に話しかける。
「沙織。俺、これからバイトなんだ。もう行かなきゃなんないけど、今日はありがとう。おまえのおかげで、貴重なもの見せてもらってさ……あの鷹緒さんって人にも、お礼言っといてくれな」
 撮影中のため、静かに篤がそう言った。そんな篤に、沙織も頷く。
「じゃあ、こっち終わったらメールするね」
「ああ。じゃあ、これで」
 篤はアルバイトのため、スタジオを後にした。
「はい、撮影終わります。お疲れさまでした」
 それからしばらくして、そんな声が聞こえ、撮影が終わった。
 BBたちが楽屋へ戻ると、スタッフたちは早々に機材の片付けに取りかかる。沙織もそれを手伝った。そんな中、鷹緒だけは端のスペースで、パソコンに向かっている。
 片付けが着々と進む中で、着替えを終えたBBのメンバーが出てきた。
「お疲れさまでした」
 そう言いながら、BBのメンバーは沙織のもとへと近付いていく。
「え……えっ?」
 近付くBBに、沙織はきょろきょろと周りを見た。しかし、近くには誰もいない。
「沙織ちゃん」
「は、はい!」
 ユウの言葉に、沙織が答える。どこを見ればいいのか、何をしたらいいのかがまったく分らないほど、緊張する。
「これ、よかったらどうぞ」
 そう言ってユウが差し出したのは、メンバー四人のサイン入りCDであった。沙織はまたも驚く。
「えっ!」
「昨日、僕らのファンだって言ってくれたじゃない? それに君、手伝いだから今日で最後って聞いて、よかったらと思って……」
 思わぬBBの言葉に、沙織は震える手でCDを受け取った。
「あ、ありがとうございます! 嬉しいです……!」
 感無量といった様子の沙織に、BBのメンバーは顔を見合わせて微笑む。
「よかった。じゃあ、また……俺たちの写真集、手伝ってくれてありがとうね」
 そう言うと、BBのメンバーたちはスタジオを後にした。
「よかったね、沙織ちゃん。彼氏にお土産出来たね」
 そう声をかけたのは、俊二である。
「木田さん。はい、きっとすごく喜びます!」
 沙織は微笑んだ。まだ今までの出来事が、頭の中でリフレインしている。
「よかったね。これ、三日分のバイト代。鷹緒さんから預かってたんだ。お疲れさま」
 そう言って、俊二が封筒を差し出した。
「あ……ありがとうございます」
「鷹緒さん、まだ仕事モードで話しかけられないと思うから、このまま帰っていいよ」
「そうですか……貴重なお仕事手伝わせてもらったので、彼だけじゃなくて、私もお礼言いたかったんですけど」
「じゃあ、伝えておくよ」
「お願いします……あ、もうBBの写真集撮りは終わりなんですか?」
 横目で鷹緒の方を見ながら沙織が尋ねた。しかし鷹緒が居るはずのスペースには、すでに人を拒むかのように仕切りが閉められ、姿さえ見られない。礼の一つも言えずに仕事を終えるのは、少し寂しく感じた。
「ううん。来週、今度は外で撮りがあるよ。平日だけどね……また手伝ってくれる?」
「あ、手伝うのはいいんですが、来週からは学校があるので……」
 沙織が、残念そうに言った。出来ることなら、またBBに会いたいと思った。なにより、スタッフも優しいので、この仕事は楽しく思える。
「ああ、そうか。まだ高校生だもんね……じゃあ、暇な時は事務所に連絡してよ。仕事はたくさんあるからね。また、芸能人に会えるチャンスもあるだろうし」
「ありがとうございます」
「じゃあ、お疲れさま」
「はい。お疲れさまでした」
 俊二に見送られ、沙織はまだ仕事中の鷹緒を尻目に、スタジオを去っていった。

 数日後。冬休みが明けた学校で、沙織は篤と話をしていた。
「すげえな、沙織。みんなに自慢出来るじゃん。BBとしゃべって、サイン入りのCDもらったんだぜ?  マジすげえ!」
 子供のようにはしゃぐ篤に、沙織も微笑む。
「うん。ラッキー」
「おまえ、すごいよ。親戚が売れっ子の写真家だなんてさ。あの人、結構有名なんだな。あれからなにげに雑誌とか見てても、諸星鷹緒って名前、かなり出てるよ」
「え、本当に?」
「うん。確かこれにも……」
 驚く沙織に、篤は持っていたファッション雑誌を広げる。すると、メインページのカメラマン表記に、鷹緒の名前があった。
「本当だ! こんな身近な雑誌にも関わってるなんて、知らなかった」
 更に驚いて、沙織が言う。
「なんだよ、親戚のくせに」
「そうだけど……本当に、知らないんだもん」
「アハハ。おまえも大物だなあ。まあ母親の従兄弟じゃ、俺も全然知らないけど」
 その時、沙織の携帯電話が鳴った。
「あ、電話……鷹緒さんだ」
 電話には、鷹緒の名前が出ている。
「早く出ろよ」
「うん」
 篤に促され、沙織は電話に出た。
「もしもし。沙織です」
『諸星ですけど……今、平気?』
 電話からは、確かに鷹緒の声が聞こえる。
「あ、はい。大丈夫」
『連絡遅くなって悪い。ちゃんと金、もらったか?』
 鷹緒が尋ねた。沙織は電話越しに頷く。
「バイト代? うん、もらったよ」
『そうか。助かったよ。ああ、BBにCDもらったんだって? よかったな』
「うん! 本当、ラッキーだよ、ありがとう。あ、BBの写真集って、もう全部撮ったの?」
 はしゃぐように、沙織が言う。
『いや、今日最終。今日終わったら、入稿するから……発売は、春頃になるって言ってたよ』
「春かあ。待ち遠しいな」
『そうか』
「うん。あ、また、手伝いに行ってもいい?」
『まあ、ミーハーしなきゃな』
 鷹緒の言葉に、沙織が赤くなる。
「しないもん。BBだって、べつに……」
『まあ、好きな時に来いよ。事務所はいつも誰かしらいるし。おまえの顔も、事務所の人間みんな覚えたみたいだから』
「本当? わかった。ありがとう、鷹緒サン」
『ハハ。こちらこそ……じゃあ、ありがとうな』
「うん」
『あ、おまえ、まだ学校?』
 突然、鷹緒が尋ねた。
「うん、そうだけど……」
『何もないなら、渋谷に来れば?』
「え? なんで……」
『あ、呼んでる。じゃあな』
 沙織はそこで、鷹緒に電話を切られた。
「なんだって?」
 篤が尋ねる。
「よくわかんない……何もないなら渋谷に来れば、だって」
「渋谷に? なんで?」
「さあ……」
 二人は、首を傾げる。
「何か知らないけど、ここに居てもしょうがないし、行ってみるか。それに、今日はBBの新曲発売日だしな。帰ろうぜ」
「あ、今日だっけ。じゃあ、CDショップも寄らなきゃね」
 沙織と篤は、学校を出ていった。
「そういえば今日、BBのDVDも発売だったよね? この間のライブのやつ」
 渋谷の街を歩きながら、沙織が言う。その横で、篤は街並みをぼうっと眺めながら口を開いた。
「そうだっけ。CDと発売日が一緒?」
「そうだよ。そういえば、前もCDとDVDの発売が一緒だった時があって、その時は原宿でシークレットライブやったんだよね」
 その時、女子高生が黄色い声を上げて、走っていくのが見えた。
「キャー! BBがシークレットライブしてるって!」
 その声に、二人は顔を見合わせる。
「走るぞ、沙織!」
「うん!」
 二人は、女子高生たちが向かう方向へと走っていった。
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音