FLASH
少しの間悩むと、沙織は意を決して、鷹緒の携帯電話に電話をかけた。
数回呼び出し音が鳴ると、留守番電話に繋がる。沙織は小さく溜息をついて、電話を切ろうとしたその時、声が聞こえた。
『はい』
その声に、沙織は電話を持ち直す。
「あ、鷹緒さん? ごめんなさい。こんな時間に……今、大丈夫ですか?」
少し緊張しながら、沙織が言う。
『ああ、いいけど……』
「あの、実は……言いにくいんですけど、私の彼氏がBBの大ファンで、明日の撮影を見に来たいって言ってるんですけど……」
思い切って、沙織が言った。しかし鷹緒は、すぐに返事をしない。そこで沙織は言葉を続けた。
「あ、でも、絶対に邪魔はしないし、声もかけないし、遠くで見るだけでいいって……手伝えることなら、なんでも手伝いますって……」
『……駄目』
沙織の言葉に、ハッキリと鷹緒が言った。沙織は淡い期待をなくし、予想通りの答えに苦笑した。
「あ……やっぱり駄目ですよね。仕事現場に……」
『嘘だよ、いいよ』
諦めかけた沙織に、鷹緒からそんな返事が聞こえる。あまりに唐突な返事だったので、沙織は一瞬、何を言われたかわからなかった。
そんな沙織に反して、鷹緒の態度はあっさりしているようだ。
「えっ?」
『べつにいいよ。見てるだけなら』
「ほ、本当?」
『ああ』
「ひ、ひどーい。どうして駄目だなんて言ったの?」
ほっとして、笑いながら沙織が言う。
『なんとなく……意味はないよ』
そう言う鷹緒は、煙草を吸っているようで、時に溜息のような息が聞こえる。
「鷹緒さん。さっき聞けなかったんだけど……」
『なに?』
「BBのユウさんが、鷹緒さんが私のために、今回の仕事を引き受けたって言ってたでしょう? あれって、どういうこと……?」
昼間、ユウにそれを聞いてから、気になって仕方がなかった疑問を、沙織は鷹緒にぶつけた。
『ああ……そんなことはないよ。ただ、俺がこの仕事を渋ってたんだけど、年越しライブのチケット取ることになったから、代わりに引き受けるって形に見えてるんだろう。べつにそんなことはないから、気にしなくていい……あ、悪い。会議始まる』
話の途中で、鷹緒がそう言った。
「え、まだ会議?」
『ああ。休憩中だったんだけど……じゃあ、明日な』
「う、うん。ありがとう!」
沙織はそう言うと、電話を切る。思わぬ鷹緒の優しい言葉に、嬉しくなった。
次の日。沙織は篤を連れて、スタジオへと向かっていった。今日は遅刻をしなかったが、中ではすでに、スタッフたちが支度を始めている。
「あ、沙織ちゃん。おはよう」
スタッフの一人が、沙織に声をかけた。
「おはようございます。すぐ手伝います」
「うん。あれ、その人は?」
「あ、彼氏です……BBさんの大ファンで、鷹緒さんに言ったら、連れて来ていいって言われて……」
「へえ。僕らなんか、この業界入ってから、そういうのなくなったなあ……まあ、鷹緒さんがオーケーしたならいいよ。隅の方に居てくれる?」
「わかりました。じゃあ、篤。そっちの方に居て」
沙織が、篤に指示をする。篤はスタジオを見回しながら頷いていた。
「わかった。俺、手伝わなくていいの?」
「うん。大丈夫みたい……じゃあ、待っててね」
沙織は、篤を壁際で待たせると、仕事にかかり始める。
しばらくすると、BBのメンバーがやってきた。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
憧れのBBを前に、篤は目を輝かせてBBを見つめている。するとそこに、鷹緒ともう一人男性がやってきた。
「鷹緒さん、木田君、おはようございます」
スタッフが声をかける。
「おはよう」
鷹緒は、篤を横目に、中央まで歩いていく。
「おはようございます。今日は昨日の続きです。今日は全員の撮影が終わったら、一人ずつの撮りになります。予定時間は、全員の撮影が終わったら言います。ではBBのみなさんは衣装に着替えて、メイクしてください。終わり次第、すぐに撮影を開始します」
鷹緒と一緒に来た男性がそう言うと、全員が動き出した。すると、鷹緒は大きなあくびをして、隅の椅子に座る。
「大丈夫ですか? 鷹緒さん。また、あんまり寝てないみたいですね」
「んー……結局、昨日も会議が長引いてね。深夜まで続いたよ。でもまあ、なんとかね」
スタッフの言葉に苦笑しながら、鷹緒が言う。
鷹緒たちがそんな話をしている時、沙織は一仕事終えて、篤と話していた。
「沙織。あのBBの後に入ってきた人、誰だよ」
篤が、鷹緒を見ながら言った。
「あの人が、親戚の諸星鷹緒さん。お母さんの従兄弟だよ」
「マジかよ。すげえ背高いし、カッコイイじゃん」
「そ、そうかな」
沙織が、少し照れて言う。
「ああ、それより夢みたいだよ。マジでBBじゃん!」
興奮しながら、篤が言う。目に映るものすべてが新鮮なようだ。
「当たり前でしょ。信じてなかったの?」
「ちょっとな」
「ひどーい」
二人が笑っていると、鷹緒が近付いてきた。
「あっ。お、おはようございます!」
慌てて沙織が、お辞儀をして言う。
「おう。君が彼氏?」
鷹緒が篤を見て言ったので、篤は頭を何度も下げた。鷹緒は静かに微笑んで、篤を見つめている。
「はい、遠山篤といいます! 無理言ってすみません。俺、本当にBBのファンで……」
「まあ、こんなもんでいいなら、どうぞ……」
「……鷹緒さん。あの人は?」
突然、沙織が尋ねた。
「誰?」
「ほら、一緒に来た男の人」
「ああ……初めてだったか。おい、俊二」
鷹緒がそう呼ぶと、鷹緒と一緒にやってきた男性が、こちらに走って来た。
「こいつ、俺の親戚の沙織と、その彼氏の遠山君。沙織には今日まで手伝ってもらうから、勝手に使ってくれ」
「わかりました」
鷹緒の言葉に、男性が笑顔で頷く。初々しさが残るような、爽やかな笑顔の青年である。
「こいつは、俺の助手の木田俊二(きだしゅんじ)。年末年始は海外の仕事でいなかったけど、また戻って来たから。おまえ、今日はこいつの下で動いて」
鷹緒はそう言うと、別のスタッフのもとへと向かっていった。
「よろしくお願いします」
俊二と紹介された男性に、沙織が挨拶をする。
「こちらこそ。指示はその都度するんで、よろしくお願いします」
「はい」
俊二はそう言うと、スタッフたちのもとへと去っていった。
「みんな優しそうな人ばっかりだな」
「鷹緒さんは、そっけないけどね」
篤の言葉に、沙織が苦笑して言う。
その時、BBのメンバーが、衣装に着替えてやってきた。
「BBさん、入ります」
「よし、始めよう」
一気にスタジオは緊張に包まれた。