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「私が沙織ちゃんの立場なら、鷹緒さんを追いかける。追いかけなくても諦めないわ。いつかきっと会えるもの。その日が来るまで、私は鷹緒さんを好きでい続けると思う」
 沙織は戸惑っていた。そこまでさらりと言える茜を、すごいと思った。
「私も……諦めない」
 しばらくして、沙織がそう言った。その言葉に、茜が手を差し出す。
「やっぱり私たち、良きライバルになりそうね。沙織ちゃんなら大歓迎よ」
 沙織も微笑んで、茜と握手をした。
「そんなこと言っていいんですか? 私の方が、若くてピチピチなんだから」
 無理に笑って、強気に沙織が言う。負けじと茜も口を開く。
「言ったなあ。でも私なんて、アメリカも一緒だもん」
「あ、それはずるい!」
「あはは。沙織ちゃんなら大丈夫よ……私、フラれたんだもん……」
 突然、真顔で茜がそう言った。沙織は驚きながらも、いつもの調子だろうと微笑む。
「え? またまた……それで諦める茜さんじゃないんでしょう?」
「……そうね」
 二人は笑った。

「ありがとうございました」
 実家に戻った沙織は、送ってくれた茜に礼を言った。
「ううん。今日はおめでとう、沙織ちゃん。じゃあまたね」
 茜はそう言って、去っていった。シンデレラコンテストに入賞したという栄誉と興奮は、まだ高まったままだ。
 沙織は車を見送ると、すぐに家には入れずに俯いた。一人になって、鷹緒がいなくなってしまうという悲しみがまた込み上げる。怒りに似た感情が、沙織を襲う。
 沙織は実家を見つめると、気持ちを切り替え、家へと入っていった。
「ただいまー」
 帰ると同時に、両親が出てきた。
「え、ただいま……なにごと?」
 両親を前に、沙織が言う。
「おかえり! 今日は帰らないと思ってたから。おめでとう、沙織!」
 誇らしげな顔で、両親がそう言った。自分の娘が国民的コンテストに入賞するということは、今まで不安で一杯だった両親の心を、一瞬にして軽くしている。
「さあ、入って入って」
 久しぶりの我が家は、沙織の沈んだ心を包み込むような、優しい感じがした。

 真夜中。事務所に茜が戻ってきた。鷹緒は一人、ソファでビールを飲んでいる。
「なんだ……戻ってきたの?」
 鷹緒が茜に言う。
「電話、繋がらなかったから……」
「ああ、電源切ってんだ……事務所のやつらが、真相聞きに電話が殺到……あいつは?」
「……沙織ちゃん、実家に戻るっていうんで、送り届けました。これ、車のキーです」
「おう、サンキュー」
 鷹緒は車の鍵を受け取ると、ポケットへとねじ込む。茜は辺りを見回した。
「……ヒロさんは?」
「社長室で寝てるよ。あのいびきじゃ、俺も参るからな」
 苦笑しながらそう言うと、鷹緒は立ったままの茜を見つめる。
「……ビール飲むか?」
「いえ、今日はこのまま帰ります」
「電車ないだろ。車使えよ」
 そう言うと、鷹緒はポケットを探る。
「いいです。タクシー拾うから……」
「そうか。どうした? いつもの勢いは」
 笑いながら鷹緒が尋ねる。茜はどこか他人行儀で、真剣な顔をして、鷹緒に何かを語りかけようとしている。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なに?」
 ソファに座っている鷹緒は怪訝な顔をして、そばに立っている茜を見つめた。
「沙織ちゃんのこと、どうするつもりですか?」
「……どうするって?」
「なにも今日言うことはなかったんじゃないですか? いつみんなに言うのかと思ってたけど、今日じゃなくたって……沙織ちゃんの晴れ舞台なのに……」
 その言葉に、鷹緒は静かに口を開く。
「……さっき言った通りだよ。今日しか全員集まる時はないと思ったし……もうすぐ日本を離れるんだ。前から決めてたことだよ」
「でも、もっと早くでもよかったんじゃないですか? こんなギリギリまで待たなくても……いくらなんでも今日言うなんて、沙織ちゃんが可哀想……」
「いつ言ったって同じことだろ。それに、あいつはすぐ態度に表れるからな。シンコン前に言ってたら、あいつはシンコンどころじゃなかっただろうし……」
「本音が出ましたね。鷹緒さんも、沙織ちゃんのこと好きなんでしょう?」
 茜が言った。鷹緒はその言葉に驚いた後、笑い飛ばした。
「あははは。なんで俺が沙織を……」
「とぼけないでください。私がどれだけ鷹緒さんを見てきたと思ってるんですか? いくら親戚だからって、鷹緒さんは沙織ちゃんを構い過ぎです!」
「……そう?」
 茜の言葉を上から受けて、鷹緒はビールに口をつける。
「それに、みんなからいろいろ聞きました。沙織ちゃんのために、好きなアーティストのコンサートチケットを取ってあげたり、そのために好きでもない仕事引き受けたって……」
「……BBのコンサートのこと言ってんの? 誰から聞いたか知らないけど、そんなことはないよ……」
 尚も話を続ける茜に、鷹緒がうんざりした様子で言う。
「それだけじゃない。撮影現場に連れていったり、隣の部屋に住まわせたり、送ってあげたり……そんなの鷹緒さんじゃない! 私の知ってる鷹緒さんは、いつも人を寄せつけなくて、笑ってても遠くて……それなのに、どうして沙織ちゃんには……!」
 そう言う茜の口を、突然、立ち上がった鷹緒の手が塞いだ。
「……それ以上言うなよ」
 静かに鷹緒がそう言った。その顔はどこか辛そうで、しっかりと茜を見据えている。
「鷹緒さん?」
「俺だって、一歩も前進してないわけじゃない……おまえが知ってる、数年前の俺とは違うんだろ」
 鷹緒は静かに微笑んでそう言うと、茜に背を向けた。茜の目が潤む。
「じゃあ、どうして私の口を塞ぐの? 図星だからじゃないんですか!」
「それ以上言うなって言ってるだろ!」
 強い口調で鷹緒が言った。その言葉に、茜の瞳から涙が溢れ出る。
「どうして? 理恵さんのことが過去に出来たら、私、鷹緒さんの一番近くにいけると思ったのに……」
 茜の言葉に、鷹緒はソファに座った。
「……馬鹿だな。俺なんて、過去を引きずってばかりの、情けない男なのに……」
「そこが、格好良かった……」
「……」
 二人は一瞬、押し黙る。
「……教えてください。どうして沙織ちゃんのこと……?」
 一瞬の沈黙を破り、茜は尚もそう尋ねた。
「だから、なんでもないって……」
「嘘つかないでください。私には聞く権利があります」
「ねえよ」
「教えてください!」
 茜が鷹緒の前に、座り込んで言う。鷹緒は髪をかき上げると小さく息を吐き、口を開く。
「……べつに。ただ放っておけなかっただけだよ……」
 そう言った鷹緒は溜息をつき、言葉を続けた。
「茜。あいつは俺の親戚なんだぞ? あいつの親含めて、俺の子供の頃まで知ってる。いわば弱みを握られてるも同然なんだ。あいつに何かあったら、俺はあいつの母親に何をされるかわからないし、下手なこと出来るかっての」
 ソファに寝そべって鷹緒が言った。その言葉に、茜も俯く。
「親戚か。微妙ですよね……」
 そんな茜に、鷹緒は天井を見つめたまま口を開く。
「……茜。俺さ、今はこれからのことしか考えらんないんだ。日本に後悔は残したくない。おまえも、気持ち切り替えてくれ」
 その言葉に、茜は頷いた。
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音