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28、シンデレラのゆくえ




 しばらくして車が止まったのは、沙織の実家であった。電話はよくしているのだが、このところ帰っていない。
「ここ……」
「たまには顔見せてやれよ。心配してたから」
 鷹緒の言葉に、沙織が驚く。
「電話がきたの?」
「しょっちゅうくるよ」
「もう、お母さんったら……」
 二人は苦笑して、玄関へと向かっていった。久々の我が家に、沙織もとても嬉しかった。
「沙織、おかえりなさい」
 家に入るなり、母親が出迎える。
「鷹ちゃんも、お世話かけてごめんなさいね」
「いえいえ。おかげさまで、事務所も大助かりですよ」
「さあ上がって」
 二人は中へと入っていった。相変わらず父親は忙しいらしく、母親しかいない。
「もう、沙織がいなくなってから、本当につまらないのよ、この家」
「嘘ばっかり。お稽古事で忙しいくせに」
 母親の言葉に、沙織が突っ込む。
「うるさいわね。それで、どうなの? グランプリまで行けるなんて思ってなかったら、本当に嬉しかったのよ。もちろん私も投票したからね」
「ありがとう。来週ファイナルだって」
「そう。テレビとかにも出るのよね? ドキドキしちゃう」
「相変わらずミーハーだなあ……」
 久しぶりに会う母親を前に、沙織はその日、鷹緒とともに遅くまで話をしていた。

「今日はありがとう」
 帰りの車の中で、沙織が言った。鷹緒は前を見つめたまま、優しく微笑む。
「いいや。お疲れさん」
「そろそろ顔を出そうと思ってたの」
「ああ、喜んでてよかったじゃん」
「うん」
「沙織……まだ元気あるか?」
 変なふうに、鷹緒が尋ねた。
「え? うん……」
「星、見に行こうか」
「うん!」
 鷹緒の提案に、沙織が乗る。
「よし」
 鷹緒はそのまま、近くの峠まで車を走らせた。

「わあ……」
 車から降りた沙織は、圧倒されるように空を見上げて言った。決して地方の山ではなく、そばには住宅街もあるはずだが、星空が綺麗に見えている。
「結構すごいだろ?」
「うん、すごい……」
 沙織は本当に感動していた。空を見上げたまま倒れそうな沙織を、鷹緒が押さえる。
「大丈夫かよ?」
「うん、なんか圧倒されちゃって……すごいね」
 後ろから沙織の腕を掴んだまま、鷹緒も一緒に空を見上げた。
「ああ。ここは割と近いから、嫌なことがあったりすると、よく来てた……」
「……一人で?」
「ああ。ここに連れてきたの、おまえが初めてだよ」
「……嬉しいな……」
 鷹緒の腕の中で、沙織はこれ以上ないというまでの幸せを感じていた。
 しばらくして、鷹緒が口を開く。
「さあ、帰るか」
「うん……」
 少し寂しくなりながらも、沙織は幸福感を噛み締めて車へと乗り込み、マンションへと帰っていった。

「今日はありがとうございました」
 部屋の前で、沙織が言う。
「いえいえ、こちらこそ。遅くまでつき合わせまして」
 鷹緒は自分の部屋の鍵を開け、沙織に微笑みかける。そしてつけ加えて言った。
「……沙織。もうすぐファイナルだけど、焦らずいけよ。おまえは、そのままでいいから」
「うん。ありがとう。おやすみなさい!」
 沙織は笑ってそう言うと、自分の部屋へと入っていった。鷹緒はそれを見届けると、部屋のドアを開けた。

 翌週。全日本・ミス・シンデレラコンテストの最終審査がいよいよ行われる。総勢二十名に絞られたシンデレラ候補は、沙織を含め、みな緊張していた。
「じゃあ沙織ちゃん、頑張ってね。あんまり緊張せず楽しむのよ」
「楽にしてね。ファイト!」
「頑張ってね。僕たちは客席で応援してるよ」
 理恵に続いて、茜と広樹が言った。他には沙織を追って取材を続ける記者たちもいる。中には記者の豪もいた。
「精一杯頑張ります」
 緊張しながらも、沙織が応える。心配そうにしながらも、理恵たちは客席へと向かっていった。
 ここからは、理恵たちに出来ることは何もなかった。たった一人、沙織は受付へと進んでいく。すると受付のそばに、鷹緒の姿があった。受付に並ぶ少女たちを写真に収めているようだ。
 沙織は一瞬にして顔を紅く染める。
「諸星さん!」
 三次審査で打ち解けた様子の少女たちが、鷹緒に声をかける。少女たちもまた、知っている顔にホッとした様子だ。
「いよいよだね。頑張ってね」
 写真を撮りながら、鷹緒は少女たちに労いの言葉をかけている。そんな中で、沙織の番になった。
「いい顔一枚ください」
 鷹緒の言葉に、沙織が吹き出した。すかさず鷹緒がシャッターを切る。
「ありがとう。中でも幾つか撮らせてもらうと思うから、よろしく。頑張ってな」
「はい!」
 沙織は良い返事をすると、中へと入っていった。鷹緒がそばにいるという安心感が強くあった。

 それからしばらくして、衣装に着替え、メイクも終わった沙織は、他の候補者とともにステージへと上げられた。軽く説明があっただけで、何があるかはわからない。けれど、袖から見える鷹緒の姿に、沙織は心を落ち着かせた。
 ふと隣を見ると、可愛らしい少女が立っていた。テレビでも見たことのある、駆け出しのタレントである。
(こんな子まで出るんだ……)
 沙織は少し不安になったが、もう一度鷹緒を見た。すると鷹緒も気付いて、小さく手を振る。もう後戻りは出来ないと、沙織は覚悟を決めた。
 最終審査は、ファッションショー張りの衣装審査だ。水着ではないものの、少女たちのプロポーションを見ている。顔と釣り合わない体系は却下なのだ。それに関しては、ファイナルまで残った少女たちだけあって、みな相応である。
 それが終わると、歌唱力審査が行われた。本来なら特技披露であるが、ファイナルに残った少女がみんな歌が得意ということだったからである。
 恥ずかしさを堪えて、沙織も歌った。ボイストレーニングに通っただけあって、少しは聞けるようだ。
 それが終わると、あっという間に審査員の審議に入った。いよいよ発表である。三次審査の一般投票も考慮される。まだ一般投票の結果は公表されていない。
 審査結果は、鷹緒も固唾を飲んで見守っていた。二十名の最終候補からグランプリに選ばれるのは、たった一人である。タレントもいる中で、沙織の優勝は難しいと、鷹緒は睨んでいた。

 しばらくして、審査結果の発表となった。
「お待たせいたしました。それでは早速、発表いたします。まずはリビー宝石賞です」
 各賞が発表される。スポンサーの賞や審査員長賞など、さまざまだ。
「それでは次に、ベストフォト賞の発表です。エントリーナンバー十六番、小澤沙織さん!」
 沙織が呼ばれた。
 しかし、これで優勝は逃したことになった。特に規定はないものの、別の賞を取った人間がグランプリに選ばれたことは過去にない。それは沙織を含め、誰もが知っている事実である。
 鷹緒は、しまったと思った。自分の撮った写真で選ばれたのだろう。ベストフォト賞を取らないためにも、わざと二番目に良い写真を選んだはずだった。賞を取れたことには素直に嬉しかったが、複雑な思いを感じた。
「三人のカメラマンが一押しした、小澤沙織さんです」
作品名:FLASH 作家名:あいる.華音