FLASH
「でも……」
「……私ね、豪とつき合うことにしたんだ。だから鷹緒を狙うライバルは、一人消えたわよ」
イタズラな目で理恵が言った。
理恵の言葉に、沙織は驚いた。鷹緒との関係を気にするばかりで、理恵に恋人が出来たことなど考えていなかったからだ。
「え、本当ですか?」
「うん。だから安心して仕事に没頭してちょうだい。彼、今はフリーのはずだから」
そう言う理恵は、沙織の恋を応援しようと思っていた。それを察してか、沙織も強力な恋のライバルがいなくなったということに心が軽くなる。
「あの、もう一つだけいいですか?」
沙織は勢いで、もう一つの疑問を尋ねることにした。
理恵も、大事な候補者である沙織の不安が拭えるなら、なんでも答えようという姿勢が見える。
「なあに?」
「あの……恵美ちゃんが、鷹緒さんの子供じゃないっていうのは……本当ですか?」
あまりに唐突な質問であったが、沙織は真剣な目で尋ねる。その質問には、さすがの理恵も驚いていた。
「……それ、鷹緒が?」
「いえ、恵美ちゃんが。本当……なんですね?」
その言葉に、理恵は静かに微笑んで頷く。
「そう。恵美が言ったの……」
「……理恵さん」
「……うん。あの子は、私と豪の子供よ。それは、鷹緒も豪も知ってるの。でも、他は誰も知らないわ。ヒロさんでさえも……私たちのことを知ってる人は、みんな鷹緒の子だと思ってる。それは、鷹緒がそうしろって言ったからなんだけど……」
理恵の話に聞き入るように、沙織は理恵を見つめていた。
「……どうして?」
「……ぶっちゃけて言うとね、私が豪と浮気したのよ」
苦笑して、理恵が言った。もう何も隠す必要はないと思った。ずいぶん年下ではあるが、鷹緒の親戚であり、鷹緒を真剣に恋している沙織に、理恵はすべてを話す決心をする。それは、すべてを話すことで、自分の心を軽くしたかったという気持ちもあったかもしれない。
「えっ……」
その重い真実に、沙織は耳を傾ける。
「寂しかったからって言ったら、自分を美化してることになると思うけど……鷹緒が忙しくて寂しかったのは事実だし、豪のことは気付いたら好きになってたの。だから、鷹緒とはうまくいかなくなった……」
「……」
「自業自得だけどね。だけど豪が消えて、恵美が生まれて……鷹緒は恵美を、自分の子供のように接してくれた。だけど今度は私が、息が詰まるようになってしまったの……すべてを許してくれる鷹緒と一緒にいることが、苦痛になってた。自分の罪が大きく残ったままでいるのが、私には耐えられなかった……」
「……理恵さん」
「だから私は、鷹緒から離れたの。自分勝手と言われても仕方がない。だけど、どうすることも出来なかった……」
遠い目をしながら、理恵が言った。
「……沙織ちゃんは、鷹緒の家庭がどんなふうだったか、知ってる?」
突然、理恵がそう尋ねた。沙織は首を振る。実際、親戚といっても、鷹緒のことはあまり知らない。
「そう。鷹緒はあんまり、家族のことは話さないんだけど……家族に愛された経験が少ないらしくて、いつも家族の温もりみたいなものを求めてた……だから結婚して、家族を作ってあげたいって思ったの。だけど、駄目になって……」
「……」
「私が恵美を一人で産むって言った時も、何もかも許して自分が父親になるって言ってくれたのは、恵美が一人で生まれることが、鷹緒に相当な抵抗があったからだと思うんだ……」
「理恵さん……」
真実を知って心は重くなったが、すべてを知ることが出来て、沙織は晴れた気持ちにもなっていた。
「沙織ちゃん。私は今の鷹緒のことは知らないし、もう何とも思ってないわ。だから、それを気にして上の空になったりするのはやめて。もし何か気になることがあったら、なんでも話して。私だって、ここまで話したのは初めてだもん」
加えて理恵が言った。すべてを話してくれた理恵に、沙織は少し申し訳なく思うも、嬉しくもなる。
「ごめんなさい……」
「いいのよ。さあ、これから取材よ。心機一転、頑張ろうね」
「はい!」
二人は取材の場所へと向かっていった。
その夜、沙織をマンションまで届けた理恵は、マンションの玄関で、帰ってきたばかりの鷹緒と出会った。
「……今、帰り?」
鷹緒が尋ねた。
「うん。今、沙織ちゃん送り届けて……鷹緒も今、帰り?」
「見ての通り」
コンビニ袋を見せて、鷹緒が言った。そんな鷹緒に、理恵は苦笑する。
「またコンビニ弁当で済ませてるの?」
「おまえ、知らないな。今のコンビニ弁当は、家で食うよりよっぽどバランスいいんだぞ」
「またそうやって、屁理屈言って……」
「正論だ」
二人は笑った。
「……鷹緒。仕事のことで、ちょっと話があるんだけど……」
突然、理恵が言った。
「いいけど……じゃあ、家まで送ろうか。車の中でいいだろ?」
「うん……」
二人は駐車場へと向かい、車へと乗り込んだ。
「で、話ってなに?」
動き出した車の中で、鷹緒が尋ねる。
「うん。沙織ちゃんのことなんだけど……」
「沙織がなにか?」
予想外の話の内容だったので、鷹緒が驚いて尋ねる。
「気付いてる? 沙織ちゃんの気持ち……」
理恵がズバリを言った。理恵はそう言って、鷹緒の横顔を見つめる。
鷹緒は口を濁すように、軽く鼻を掻いて生返事をした。
「……ああ……うん……」
「そう……気付いてるのね?」
その言葉に、鷹緒は小さく息を吐く。
「気付いてるっていうか……よくある十代の馴れ合いだと思ってたけど……他になにかあるの?」
沙織が鷹緒に恋をしているということは、鷹緒も薄々感づいていたのだった。だがそれが本気の恋かどうかまでは、恋愛に疎い鷹緒にはわからない。
「沙織ちゃん、純粋なのよ。だから、いちいちあなたのすることに反応してる……このままだと、あなたの一言で潰れちゃったりすると思うの……」
「……だから、何事もないようにって?」
「まあ、そうね」
「面倒臭いなあ……」
理恵の言葉に、鷹緒が溜息をつきながら言う。
「そう言わないで。シンコンまで間もないんだから」
「……わかったよ」
そう返事をして、鷹緒は煙草に火をつけ、話題を変える。
「どうだった? 取材は」
「ああ、うん。記者の方も気に入ってくれたみたいで、ノリがよかったわ」
「そう。よかった」
「……沙織ちゃんに、いろいろ聞かれたわ。全部話した……」
「全部って?」
プライベートの話題に戻した理恵に、鷹緒が尋ねた。
「豪のこととか、恵美のこととか……恵美ね、自分から沙織ちゃんに言ったんですって。鷹緒とは血が繋がってないって」
「……ふうん。そう……」
「……鷹緒は恋人を作らないの?」
その質問に、鷹緒は大きく煙を吐く。
「なんで? 自分が落ち着いたら、俺の恋愛事情に首突っ込みたくなったの?」
「ごめんなさい……」
「……そっちこそ、どうなんだよ」
眉をしかめながら、鷹緒が言った。
「うん、もう大丈夫……私だって、あれから少しは大人になったもん。恵美だっているし。これからは、豪ともちゃんと向き合って、つき合っていくつもり……」
「ふうん……」
「……鷹緒が、また背中押してくれたんだよね。だからもう、鷹緒には迷惑かけないようにする」