FLASH
18、嵐のあと
「沙織」
しばらくして、鷹緒がベランダにいる沙織に声をかけた。
「悪いな。ずいぶん遅くなった……」
「ううん」
「飯、食いに行こう。ヒロがおごってくれるってさ」
「うん……」
沙織は、鷹緒と広樹とともに、近くのレストランへと向かっていった。
「ビッグ・キャラメル・イチゴ&チョコレート・フルーツパフェでございます」
ウェイトレスが、鷹緒に大きなパフェを差し出しながら言う。
「おまえ……その激甘党、なんとかしろよ」
呆れ顔で広樹が言った。鷹緒は食事もそこそこに、大きなパフェを頼んだようだ。
「いいだろ。好きなんだから……甘いもん食べるのが、俺のストレス解消法なの」
「まったく……」
そこで広樹は、元気のない沙織に気がついた。
「どうしたの? 沙織ちゃん」
「あ、いえ……」
沙織は小さく首を振って、苦笑する。広樹も静かに口を開く。
「さっきの、びっくりしちゃったよね……ごめんね」
「いえ、べつに。広樹さんが悪いわけじゃないし……」
「まあ、ね……」
沙織と広樹は、黙々とパフェを食べている鷹緒を見た。二人の視線に気付き、鷹緒は顔を上げる。
「……なんだよ?」
「いや……」
広樹の反応に、沙織はこのことには触れてはいけないのだと思った。
「……沙織、まだ飯食ってんのかよ。俺、もうすぐデザートも食い終わるぞ」
小さく苦笑しながら、鷹緒が言う。その顔は、いつもの鷹緒である。
しばらくして食事を終えた鷹緒は、広樹と分かれ、沙織とともにマンションへと戻っていった。
「今日は待たせて悪かったな。明日は俺、早いから送れないけど、頑張れよ。二次審査、今週だろ?」
部屋のドアの前で、鷹緒が沙織にそう言う。
「うん……」
「じゃあな」
まだ元気のない沙織を尻目に、鷹緒は自分の部屋へと入っていった。
「はあ……」
沙織は溜息をつくと、自分の部屋へと入る。鷹緒と内山、そして理恵や広樹に何があったのかわからないが、知りたいと思いつつ聞くことすら出来ない空気に、沙織は苛立ちすら覚えていた。
鷹緒は、帰るとすぐにシャワーを浴び、ベッドに寝そべった。ついさっき内山を殴ったことが、頭から離れない。そしてそれを見ていた理恵や広樹の顔も、エンドレスに思い出される。
「……豪が帰ってきた……」
ぼそっとそう言ったその時、家の電話が鳴ったので、鷹緒は受話器に手を伸ばす。
「はい」
『……』
相手は何も言わない。鷹緒は首を傾げる。
「……もしもし?」
『……あ……』
女性の声が聞こえた。鷹緒はピンときた。
「理恵か?」
鷹緒が言った。すると、力のない声が聞こえてくる。
『……う……ん』
電話の相手は理恵であった。
「……どうした?」
少し苛立った様子で、しかし優しく、鷹緒が尋ねる。しかし鷹緒には、理恵がどうして電話をかけてきたのか、力のない声なのかがわかっていた。
「豪と何があった?」
何も言わない理恵に、鷹緒が具体的に尋ねた。そんな鷹緒に、理恵が静かに口を開く。
『……ごめん。なんでもない……』
「馬鹿か。何かあるなら言えよ……」
『ごめん、どうかしてた。鷹緒に言うことじゃなかった……ごめん』
理恵の言葉に、鷹緒は静かに息を吐く。
「……俺だって、部外者じゃないぞ」
『……うん。でも……』
「……もう、家か?」
『うん……』
「じゃあ、今からそっちに行く」
『……でも』
「おまえ、今、一人じゃない方がいいよ」
いつになく優しい鷹緒の言葉に、理恵が涙ぐむ。
『ごめん、鷹緒。ごめん……』
「もういいっての。支度したら、すぐ行くから……」
『うん……』
鷹緒は電話を切ると、すぐに支度を始めた。
沙織はリビングで、テレビを見ながらお茶を飲んでいた。しかし、ふとしたきっかけで、やはり内山が鷹緒たちとどういう関係なのかが気になる。
沙織は意を決して、鷹緒に直接聞くことにして立ち上がった。そしてそのまま、リビングから繋がった鷹緒の部屋がどうなっているのか、ドアに耳を当ててみる。慌てて人が歩いているような、足音が聞こえた。
沙織は思わずドアを開ける。
「鷹緒さん!」
その声に反応して、鷹緒が振り向く。鷹緒はリビングのテーブルに置いた財布などを、上着のポケットに詰め込んでいた。
「なんだ……勝手に入るなって言ったろ」
「ごめんなさい。ちょっと、聞きたいことあって……」
鷹緒の言葉に、沙織が恐る恐る言う。
「なに?」
「あ……出かけるの?」
直球で聞くのが怖くて、まずは目先の疑問を尋ねた。
「ああ、ちょっと……」
沙織の質問に、鷹緒は言葉を濁す。
「ごめん。じゃあ、やっぱり今度でいい……」
「そう……じゃあな。早く寝ろよ」
鷹緒はそう言うと、部屋を出ていった。
(あんな鷹緒さん、見たことないから気になるのに、なんか聞ける雰囲気じゃないんだよね……帰ってから、今度こそ聞こう……)
残された沙織は気になっていることを聞けず、肩を落として自分の部屋へと戻っていった。
とあるマンションの一室。鷹緒がインターホンを鳴らすと、理恵が出てくる。
「ごめんね……」
一言目に、理恵がそう言った。それを受け、鷹緒は静かに首を振る。
「いいよ……恵美は?」
「うん。お風呂出てから、すぐに寝ちゃったわ」
「そう……」
「上がって……」
「ああ……」
二人は部屋へと入っていった。リビングのテーブルの上には、ビールの空缶が数本ある。
鷹緒はソファに座ると、理恵を見つめた。
「おまえ、飲み過ぎ……」
「うん。なんか、勢いで……」
「やめろよ。酒に走るのは」
「うん……」
鷹緒は、理恵が飲んでいたと見られるビールに口をつける。理恵は静かに口を開いた。
「どうして帰ってきたんだろう。豪……」
「……」
鷹緒は押し黙った。
「……何があった?」
長い沈黙の後、鷹緒がやっとそれだけを口にした。理恵はうつろな目をして俯く。
「追いかけて……言ったわ。どうして帰ってきたのって……」
理恵の回想――。
「豪、待って!」
事務所の外でエレベーターを待つ内山を、理恵が引き止めた。内山は変わらぬ笑顔で、理恵を見つめる。
「久しぶり」
「なんで……なんで? どうして急に帰ってくるのよ!」
理恵が言った。その時、エレベーターが開いたので、内山は乗り込んだ。
「連絡するよ。今度、ご飯でも食べに行こう」
変わらぬ口調でそう言った内山に、理恵もエレベーターに乗り込む。
「嫌よ、勝手に決めないで。どういうつもり? 鷹緒が怒るのも無理ないわ」
「あはは……相変わらず、鷹緒先輩のパンチは効くなあ」
「馬鹿!」
嫌悪感を露にして理恵が言う。そんな理恵に、内山が微笑んだ。
「どう? 元気そうだけど……先輩とはうまくやってるの? ヒロさんもいるなんて、楽しそうだね」
「あんたに関係ないわ。だいたい、どうして知ってるのよ。私がヒロさんと組んだこと……」
「知ってるさ。僕にだって、日本にも友人はいるよ。それより、どこまでついてくるつもり?」
とっくにエレベーターを降りた二人は、夜の街を歩いていた。
理恵は答えずに、叫ぶようにして言葉を続ける。