FLASH
2、初仕事
次の日。沙織は待ち合わせの時間に、昨日のタレント事務所へと向かった。
事務所は朝にも関わらず、狭い室内に人でごった返している。沙織はしばらく、きょろきょろとその光景を見つめていた。
するとそこに、鷹緒がやってきた。
「おはよう」
鷹緒の言葉に、沙織が振り向く。
「お、おはようございます」
仕事ということで、昨日から鷹緒に念を押されていたので、沙織が他人行儀で挨拶をする。
「おう。早いじゃん」
「約束は守ります」
「感心、感心」
鷹緒が、そう言って沙織の肩を叩く。
「あ、諸星さん。お待ちかね!」
すると、近くにいた数人の少女が、鷹緒に声をかけた。
「悪いね……全員揃ってる?」
「はい、います」
少女たちが答える。
「じゃあ、先に行きますか」
「はーい」
鷹緒の言葉に、そばにいた少女たちが、荷物を持って鷹緒についていく。
「沙織。おまえ、奥にいるスタッフの荷物持って、一緒について来て」
「はい」
沙織は素直に返事をすると、事務所の奥にいるスタッフのもとへと向かっていった。
「諸星さん。あの子、誰ですか? やけに親しげじゃないですかー」
そばに居た少女たちが、沙織の背中を見つめて言う。鷹緒は苦笑しながら歩き出した。
「ああ……親戚の子だよ」
「諸星さんの親戚? 姪とか、従兄弟とか?」
「従兄弟の娘。まあ、よく知らないよ。さて行こうか」
「はーい」
一行は、そのまま近くのスタジオへと向かっていった。
撮影が開始されたスタジオでは、少女モデルが次々にポーズを取っている。沙織は、鷹緒と話す間もなく、仕事に追われていた。
沙織に与えられた仕事は、鷹緒のスタッフのアシスタントで、物を探したり、渡したり、磨いたり、買出しに行ったりする、いわば雑用であった。忙しかったが、スタジオの雰囲気が、新鮮で面白かった。
数時間後。
「はい、これで終わります。お疲れさまです」
「お疲れさまでした」
スタッフの声に、モデルたちが一斉に挨拶をした。
残ったスタッフたちは、機材を片付け始める。その中で、鷹緒は一人、隅の机でパソコンをいじっている。そんな鷹緒を見ながら、沙織も片付けに入った。
するとそこに、広樹が現れた。
「あれ、また終わっちゃったか」
「遅いですよ、ヒロさん」
スタッフの一人が、広樹にそう声をかける。
「悪いねえ……鷹緒は?」
「仕事フルモードですよ」
「そっか。じゃあ、今は話しかけない方がいいな」
「そうっすね」
広樹は沙織と目が合って、沙織に近付いた。
「沙織ちゃん、お疲れさま」
「お疲れさまです」
沙織が会釈をして答える。広樹は頷きながら、言葉を続けた。
「どう? 大変だったでしょう」
「はい。写真の撮影も、結構時間がかかるんですね……」
「うん。でも、鷹緒はスピーディーで有名でね。早い方なんだよ」
「へえ……」
「社長。片付け終わりました」
スタッフが言った。
「オーケー。じゃあ、我々も事務所に戻りますか」
広樹が言う。その言葉に、沙織は広樹を見つめる。
「あの……鷹緒さんは?」
「あいつは、まだ仕事中。今撮った写真を加工するまでが、今日のあいつの仕事だからね。パソコンの前に座ったら、テコでも動かないよ。それより、みんなでご飯でも食べに行こうよ」
「は、はい」
広樹の誘いに、とっさに沙織が頷く。
「鷹緒! 僕たち、事務所に戻るからな」
広樹が、鷹緒に向かってそう叫んだ。
「んー……」
生返事で、鷹緒が返事する。
「いつもああなんだ。さあ、一旦事務所へ戻ろう」
苦笑する広樹とともに、スタッフたちは仕事中の鷹緒を残して去っていく。沙織は広樹やスタッフたちと事務所へ戻り、そのまま食事へと出かけた。
「へえ。沙織ちゃんって、まだ十六歳なんだ? 若いなあ」
食事をしながら、スタッフたちが沙織に言う。みんな気さくな人ばかりで、沙織もすぐに打ち解けていた。沙織は首を振りながら返事をする。
「でもみなさんとも、そんなに年離れてないですよね?」
「そうはいっても、ここにいるのはみんな二十代だからね。十代は遠いよ」
「へえ……」
「社長って、二十九でしたっけ。鷹緒さんもそうですよね?」
するとスタッフの一人が、広樹にそう尋ねた。
「うん、同じ年」
広樹が答える。その話題に、沙織も興味をそそられた。身を乗り出して広樹を見つめる。
「そうなんですか? 社長さんと鷹緒さんが?」
「まあね……仕事でずっとかち合ってて、腐れ縁ってやつだよ」
「そういえば鷹緒さん、まだですかね。大丈夫かな? 前、スタジオでぶっ倒れてましたよね」
「え、そうなんですか?」
スタッフの言葉に、驚いて沙織が尋ねる。
「ああ、そんなこともあったよな……でも、あの時はめちゃくちゃ忙しくて、徹夜漬けだった時だろ? 心配いらないって」
その時、広樹の携帯電話が鳴った。
「お、噂をすれば、鷹緒からだ。もしもーし」
広樹が電話に出る。
「今、いつもんとこ。じゃあな」
広樹はそれだけを言うと、電話を切った。スタッフたちは、苦笑いしている。
「簡単な電話っすね」
「どこにいるかってさ。すぐ来るよ」
しばらくすると、鷹緒がやってきた。しかしその隣には、二人組の少女が引っついている。
「あれ? モデルちゃんたちじゃないの」
広樹が言った。少女たちは、広樹の事務所の専属モデルであった。鷹緒が頷きながら口を開く。
「そこで会ったんだ。食事するって言ったら、どうしてもってさ」
「でも、ここじゃ三人は座れないな……」
「いいですよ、こっちで。諸星さん、こっちでいいでしょ?」
少女たちに引っ張られ、鷹緒は広樹たちの隣のテーブルへと席に着いた。
「いいなあ鷹緒さん。両手に花で、モテモテじゃないっすか」
スタッフの一人が言った。その言葉に、鷹緒が苦笑する。
「俺はロリじゃねえよ」
「ひどい。うちら、もう十八だもん。今年の春から大学生」
鷹緒の言葉に、少女たちが反論して言う。
「へえ、もうそんな年か。うちに来たときは、まだ中坊だったよな?」
「そうそう! 髪も黒かったし、短かった!」
少女たちはテンションを上げながら、鷹緒と話を膨らませていた。
しばらくして――。
「ごちそうさまでした!」
少女たちの言葉に、鷹緒が笑う。
「ちゃっかりしてんなあ」
「えへへ。だって、おごりでしょ?」
「社長のおごりだよ。ごちそうさま」
鷹緒が、広樹に振り向いて言う。
「へいへい。モデルちゃんは、うちの宝よ」
そう言いながら、広樹は会計を済ませていた。一同も店を出る。
「鷹緒。そっちはもう、終わったんだよな?」
広樹の言葉に、鷹緒は軽く頷く。
「だいたいな。これから事務所で仕上げにかかるよ」
「オーケー。じゃ、スタッフはここで解散でいいです」
「はい、お疲れさまでした」
そう言うと、スタッフとモデルたちは去っていった。しかし沙織はどうしていいのかわからず、その場に立ち止まっている。
「沙織? おまえももういいぞ」
そんな沙織に、鷹緒が言った。
「あ、うん。じゃあ、明日は……」
「明日も九時に事務所」
「わかりました。じゃあ……お疲れさまです」
「ああ」