FLASH
『まだ決まっていないが、近いうちだ』
「じゃあ、今晩考える。じゃあな」
電話を切ろうとする鷹緒に、広樹の声がすぐに引き止める。
『あと鷹緒。携帯の電源だけは切るなよ』
「わかったよ……じゃあな」
鷹緒は電話を切ると、沙織に返す。
「……悪かったな」
そう言いながら、鷹緒は自分の携帯電話の電源を入れた。すると、すぐに電話が鳴る。鷹緒は溜息をつくと、電話に出た。
「はい、諸星です。はい……」
鷹緒が電話を続けている間、沙織は食事を続けていた。
しばらくして、鷹緒は電話を切った。
「……大変そうだね」
苦笑しながら、沙織が言う。いつ見ても鷹緒は、忙しそうに見える。
「だから嫌なんだよ。食事くらい、ゆっくり食べたいのに……もう冷めてるし」
鷹緒が溜息をつきながら、眼鏡を拭いてそう言った。俯く顔は長めの前髪に隠れ、素顔を見ることは出来ない。
「……目、悪いんだ?」
「昔から、かけてたよ」
「うん、知ってる。それは覚えてるよ」
眼鏡をかけ直した鷹緒を、沙織は見つめる。改めて見ても、そこに子供の頃に知っている親戚の姿はない。まるで家族や親戚という雰囲気は持っておらず、別世界の男性に見える。
沙織が見とれるように見ていると、そこに大きなパフェが運ばれて来た。
「うわ、デカ!」
驚く沙織に反して、鷹緒は嬉しそうだ。
「俺の」
「超意外! 甘い物好きなの?」
「うん、かなり好き。最近疲れてるし、甘い物は腹もちいいからな」
「へえ」
意外な鷹緒の一面に、沙織は微笑みながら、自分の食事を続ける。
「そういえば、おまえ、バイトとかしないの?」
突然、鷹緒がそう尋ねた。
「したいとは思ってるんだけどね……」
「じゃあよかったら、うちの事務所また手伝ってくれよ。またBBに会えるかもしれないぞ」
「本当? でもやりたいけど、学校あるから夕方とか週末しか働けないよ? デートの時間だって、削られたくないし……」
「ああ、べつにいいよ。週に七日だろうが、一日だろうが、好きな時に来いよ」
鷹緒は軽くそう言う。
「え、そんなんでいいの?」
「ああ。今日みたいに、暇な時に来ればいいじゃん」
「暇、暇言わないでよ。今日はたまたまだもん。篤がバイトで先に帰っちゃったから……」
「ふうん?」
そう言いながら、鷹緒はパフェをたいらげた。
「すごい、一気……」
「ごちそうさま。さて、帰るか」
「うん」
二人はファミリーレストランを出ていった。
車の中で、沙織はまたも緊張する。鷹緒の存在は、すでに親戚ではなく、芸能人のような感覚になっていた。華やかな世界で活躍する鷹緒の存在は、沙織の好奇心をくすぐる。
「沙織」
「は、ハイ?」
突然呼ばれて、沙織が我に返った。
「おまえ、家に連絡したのか? 夕飯食べてくるって」
「ううん。いつも私、外で食べるから」
「え、じゃあ、お母さんどうしてんの?」
「お母さんも、夜はパートの日が多いんだ。習い事とかもやってるし。うち、結構オープンだから、遅くても平気」
「おまえなあ……まだ学生なんだから、連絡くらいしろよ」
「はいはーい」
「聞く気ねえな……」
沙織の返事に、鷹緒は苦笑する。
「じゃあ、鷹緒さんの学生時代は?」
「俺は真面目に勉強してました。まあ……家にはあんまり帰ってなかったけどな」
「じゃあ一緒じゃん」
「一緒にすんなよ」
車は、沙織の自宅へと着いた。
「ありがとうございました」
車から降りながら、沙織が言う。
「どういたしまして……でも学校まで電車通学、少し大変だな」
鷹緒が言った。沙織の自宅から学校までは、電車で四十分ほどだが、行きも帰りもラッシュ時となる。
「もう慣れたよ。それに、遊んでたらラッシュはクリア出来るし」
「遊ぶなよ。じゃあな」
「ありがとうございました」
鷹緒はそのまま車で去っていった。