骨の釈迦
ふたを開けた壷の中には、袈裟を身にまとい座禅をしている小さな釈迦が、白い骨の山の上に静かに乗っていた。幻覚でも見ているのだろうか。男は目を手でこすってみる。しかし、目の前の釈迦は消えることなくそこに存在していた。
「お……お釈迦様?」
思わず男は声をかけた。すると、祈っていた釈迦は静かに顔を上げ、男を見つめた。
「あ、あの……こいつは、その、とてもいい奴だったんです。だから……」
六道輪廻についてなら、男はほんの少しだけなら知っていた。本で読んだことがあったのだ。天界道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道と六つの世界があり、魂はそれらの世界を転々とするのである。地獄から畜生までを三悪趣、修羅から天上までを三善趣と呼称されている。無論、三悪趣は救いの無い世界であるとされているのだ。そんな場所に彼女が連れて行かれる可能性もあるかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなり、男は必死で釈迦に語りかけた。
「ですから、どうか次に生まれ変わるなら、苦しみの無い世界に生まれ変わらせてやってください!」
釈迦は言葉を発することはなかった。ただ、一度だけうなずいただけであった。
分厚い雲に隠れていた月が次第に姿を現す。釈迦はそれを待っていたかのように、おもむろに立ち上がった。部屋がぼんやりと月に照らしだされる。月明かりは月と釈迦を一本の金色に輝く光で繋いでいた。その不思議な光景は、まるで釈迦に道を示しているようにも見えた。釈迦は一歩、光の道に足を踏み入れた。そして、すーっと滑るように道を登って行く。男は後を追うようにして、窓際に飛びつくかのごとく走り、外を見た。夜空の、満月の先には、雲の上に釈迦と共に立つ彼女の姿が見えた。あれは天国だ。雲の上の彼女は、微笑んでいた。男に向けて笑みを浮かべていた。そしてそれを最後に、光の道も天国も彼女の姿も、再び黒い雲に覆いつくされ見えなくなった。
壁にかけてあった時計が二十四時を告げる。四十九日が終わった。男はたたみの上に置いた骨壷のふたを手に取る。そしてそっと閉じた。