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Pure Love ~君しか見えない~

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「馬鹿ね。私は不幸になんかなってないわよ。自惚れないで」
 二人は互いに苦笑した。そして祥子が口を開く。
「もう行って。今度はお互い、仕事で大成したら会いましょう。もちろん今まで通りというか、新しい私たちの良い関係でね」
『うん。ありがとう……』
 和人は何度も頷くと、背を向けた。そしてふと思い出すと、ポケットから一つの鍵を取り出す。すでに鍵の束から外されたその鍵は、この祥子の部屋の鍵である。和人はその鍵を、祥子に渡した。
「ああ、ありがとう。ここにあるあなたの物は、暇を見つけて実家に送っておくわ」
 祥子の言葉に頷くと、和人は静かに手を差し出した。祥子も自然にその手を取り、二人は暖かな握手を交わす。
『ありがとう……僕は恋愛だけじゃなく、仕事の面でも君に支えられてた。それは本当だよ。その鍵一つで、僕は人と同じような恋愛を、初めて味わった気がするんだ』
 静かに和人がそう言った。祥子から預かった部屋の合鍵は、和人が初めて普通の恋愛を感じた一つだった。
 いつだったか、思春期の頃は差別意識を肌で感じていた。障害を持っている自分が普通に恋愛を出来るとは、和人自身が諦めていた。そんな自らの意識を変えさせてくれたのが、祥子だったのだ。
 祥子も頷いて、口を開く。
「それは私もよ。いろいろ不安はあったけど、和人と付き合えてよかった」
『僕もだよ』
 名残惜しそうに、二人はもう一度握手をした。そして意を決して和人は祥子に背を向け、静かに去っていった。
 互いに一人になった瞬間、二人は同時に涙を流した。だがもはや、二人の人生が交わることはないだろう……。
 和人はそのまま、朝を待つ夜の街へと消えていった。

 次の日。和人は家に帰ることなく、そのまま学校に登校していた。祥子と別れた喪失感の中に、どこか清々しさすら感じている。
(さっちゃん。君に会いたい……)
 何を考えていても、思い出すのはもはや幸のことしかなかった。幸を想う気持ちが恋なのかは、未だにわからない。だが幸を失いたくないと思った。支えになりたい――。そんな想いが、和人自身を支える。
 だが今すぐ幸に会っても、祥子と付き合っていた時と同じだと思った。本質的には何も変わっていない自分には、幸に告白し、そのまま付き合う度量などないことを、和人自身がよくわかっている。和人は、今こそ変わらなければならないのだ。
 和人はその日、学校を終えると、その足で母校である聾学校へと向かっていった。