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Pure Love ~君しか見えない~

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「うん……じゃあね」
 和人の言葉を遮って、幸は卓也を連れて、足早に家の中へと入っていった。

「なあ、今の障害者?」
 卓也が尋ねる。
 その質問に、幸は少し戸惑った。なぜだか和人に対しての気持ちが、前とは違う。和人と友達でいることが、周りの友達や卓也まで失ってしまうのではないかと思った。
「う、うん。隣に住んでる子……」
 言葉を濁しながら、幸は答えた。出来るだけ早くこの話を終わらせたいと思う。
「へえ。さっきの手話だろ? 俺、初めて間近で見た。幸、理解出来るの?」
「ちょっとだけ。卓也は……障害のある人のこと、どう思う?」
 思いきって幸がそう尋ねた。卓也は少し首を傾げながら、口を開く。
「どうって……べつに。でも、あんまり関わり合いになりたくないのは事実だな。昔さ、家の近くに障害者が住んでたんだ。何の障害かは知らないけどさ……よく、何もしてないのにぶっ叩かれてさ。それ以来、あんまり良いイメージないなあ」
 ストレートに卓也が言った。卓也は逆に、他の子より差別意識がないのだと感じる。それでも良いイメージがないという卓也に、幸は押し黙ってしまった。
「あ……今、お茶入れてくるね」
 幸はそう言って、キッチンへと向かっていった。
 小さい頃から、親に差別はいけないと教わってきた。そんな母親も、屈折した意識を持っているのだと最近知った。出来れば関わりたくないのだということを思い知らされる。友達にも否定され、幸は自分自身の中に生まれる屈折した差別意識に、戸惑いを感じずにはいられなかった。

 夕方。
「お母さん、何時に帰るの?」
 幸の部屋でくつろぎながら、卓也が尋ねる。
「今日は遅くなるって言ってたよ」
「じゃあさ、もう少しゆっくりして、あとで夕飯食べに行かない?」
「うん、いいよ」
 二人は笑うと、静かにキスをした。吸い寄せられるように抱き合う。
 その時、家の呼び鈴が鳴り響いた。卓也と離れたくないと思い、幸は居留守を使うことを思いつく。しかし呼び鈴はしつこく鳴り響き、ドアを叩く音までする。その行為に、幸はその主に感づいた。
「早く出たほうがいいんじゃねえの?」
「うん、大丈夫。和人だ……」
 幸はそう言うと、少し苛立ちながら玄関へと向かっていった。
 和人は幸の家を訪ねる際、こうして何度も呼び鈴を鳴らすことがあった。それは幸が家にいることがわかっているからだ。しかし耳が聞こえないために、本当に呼び鈴が鳴っているのか、幸に聞こえているのかがわからずに、何度もボタンを押す。
「ハイハイ……」
 卓也と作り上げたムードを壊され、少しうんざりして幸がドアを開けた。
『遅いよ』
 笑いながら和人が言う。そんな様子の和人に、幸は苛立ちを隠しきれない。
「こっちにだって都合ってもんがあるの。なによ?」
『ごめん、邪魔した?』
「いいから、要件は?」
『……父さんが出張から帰ってきたんだ。お土産だって』
 和人はそう言うと、紙袋を差し出す。
「ああ、ありがとう……」
 幸が手話交じりにそれを受け取ると、和人は幸の後ろに向かって会釈をした。幸の後ろには、いつの間にか卓也が立っていたのだ。幸は和人と手話で会話していたことを、卓也に見られて恥ずかしくなり、和人を玄関の外に追いやると、卓也の手を取った。
「卓也。外行こ」
 幸はそう言うと、そのまま和人を横切って、卓也とともに街へと出ていった。

 それから数日後、幸は先日の友人たちと、ファーストフード店にいた。恋や芸能の話題で盛り上がる。
 そんな時、幸の目に、手話で会話をしながら店に入ってくる数人の男子学生が映った。その中に、和人の姿もある。聾学校の友達らしい。
 和人は幸に気づくと、いつものように大きく手を振った。幸は慌てて立ち上がると、和人の元に駆け寄り、和人を外へと連れ出した。

『……なに?』
 店の裏まで連れてこられた和人が、幸に尋ねる。
「もう、話しかけないで……」
 徐に、幸がぼそっとそう言った。手話でなかったため、和人は理解出来ないといった表情で、幸の顔を覗き込む。幸の口元を見つめ、言葉を読み取ろうと凝視している。
 幸は溜息をつくと、もう一度大きな声で言った。
「もう、話しかけないで!」
『…………どうして?』
 和人は驚いた顔をして、ゆっくりとそう尋ねた。幸は一呼吸つくと、和人を見つめ、手を動かす。
「……私まで変な目で見られるから。友達の前で、手話なんてやめてよ!」
 手話とともにそう叫ぶ幸に、和人は傷ついた顔を見せる。幸はすぐに後悔したが、それは本心だった。
『……わかった』
 少しして、和人は頷きながら、右手の平で胸を打つ動作を見せた。
『……もう話しかけない。ごめんね……』
 続けて和人はそう言うと、そのまま去っていった。幸が店に戻ると、和人の友達すらいなかった。