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Pure Love ~君しか見えない~

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10、会食




 数週間後のある日。和人の元に幸からメールが届いた。修吾と三人での食事会の日取りが決められていた。和人はあまり気乗りしなかったが、二人の顔を立てるためにも受けようと思った。
 メールから数日後、和人はとあるダイニングバーへと向かっていった。すると、店の前にはすでに幸がいる。
『ごめん、遅くなった?』
 走り寄って、和人が言った。
「ううん、今来たの。入ろう」
 幸に連れられ、和人は店の中へと入っていった。落ち着いた雰囲気の店内の一角に、二人は通された。しかし、そこには誰もいない。
『修吾さんは?』
「修吾は、車置きに行ってるの。すぐ来るから」
 和人が尋ねると同時に、幸が答えた。和人は頷くと、席に着く。
「今日は修吾の奢りだから、じゃんじゃん食べちゃってね」
 そんな幸の言葉に、和人は笑った。すると修吾がやってきたので、和人は立ち上がる。
「やあ、わざわざ呼び立ててごめんな。しかも遅くなっちゃって……」
 すまなそうにする修吾に、和人は首を振る。
『いいえ、お久しぶりです。お招きありがとうございます』
「いやいや。本当、久しぶりだね。なかなかお礼が言えなくてごめんな。会う機会もなくなっちゃったから、どうしてるのかと思ってたんだ。ああどうぞ、座って」
 一同は席に着いた。
「今日は俺の奢りだから、好きなの食べてくれよ」
 修吾はそう言いながら、自らもメニューを見つめる。そして注文を済ませると、三人は乾杯をした。
「乾杯」
 グラスを交わすと、その場はやっと落ち着いたように、和やかな雰囲気となった。
「美味しい。ここ、お料理も美味しいんだよね」
 ジュースを飲みながら、幸が言う。
「ああ。きっと水上君も、気に入ってくれると思うよ」
 修吾の言葉に、和人が頷いて手話をする。
『お洒落なお店ですね』
「そうよね。結構人気の店なんだよ。美味しいのに値段も手頃だしね」
 そう答えた幸に、和人は相変わらず、静かに笑みを浮かべて頷いている。
 幸はふと思った。和人はいつも笑っている。心配そうな顔や困った顔なら見かけるが、思えば和人が心から笑った顔や、怒った顔が思い出せない。
「幸?」
 修吾にそう呼ばれ、幸は我に返った。
「え? あ、ごめん。なんかいろいろ思い出しちゃって……」
「心配事でもあるの? ピアノのこととか」
「うん、まあいろいろ……本当ごめんね、なんでもないから」
 そう言う幸に、和人も修吾も特に気に留めた様子はない。そんな一同の元に、続々と料理が運ばれてきた。
「わあ、美味しそう」
「ああ。さあ、じゃんじゃん食べて」
「いただきます」
 一同は食事を始めた。
「水上君は、何のアルバイトしてるんだっけ?」
 食事をしながら、修吾が場を盛り上げようと、和人に近況を尋ねた。和人は素直に答える。
『出版社で、校正の仕事をしています』
「え?」
 初歩的な手話しか知らない修吾が聞き返すと、幸が口を開いた。
「出版社で校正の仕事をしてるって。親戚の伝手だったよね?」
 そう言う幸も、母親から聞いただけの話であり、和人の近況は何も知らない。
「そう、出版社……水上君、大学も文学部だったものな。将来はそっちのほうに進むの? 作家とか」
『そうですね。作家になりたいという夢はありますが、どうなるか……一応、いくつか書くことはありますが、とりあえず卒業したら、今の出版社に勤めようと思っています。早いうちから誘ってもらっているし、とても勉強になるので』
 和人がそう言った。それを幸が修吾に訳してやる。訳しながら、幸は和人もきちんと将来のことを考えていることに感心した。幸の中では、今でも和人の小さい頃の思い出が根強く残っている。改めて大人なのだと気づかされ、苦笑した。
『修吾さんは、バイオリニストになるんですよね?』
 今度は逆に、和人が尋ねた。
「うん。今の大学を卒業したら、外国に渡って勉強を続けるつもりだよ」
『……じゃあ、さっちゃんも?』
 修吾の言葉に、和人が幸に尋ねる。
「う、うん。まだハッキリとは決まってないけど……」
「卒業したら結婚して、二人で海外に行くつもりだよ。俺はバイオリニスト。幸はピアニストとしてね」
 幸に続いて修吾が答えた。
 卒業後のことは、まだ二人で話し合っている最中だった。それをハッキリと修吾が答えたことで、幸は少し驚いた表情を見せる。
「なに、その顔……もしかして、海外に行くの嫌?」
 きょとんしている幸に、修吾が怪訝な顔をして口を開く。幸は首を振った。
「い、嫌じゃないよ。でも、そこまで二人で話したことなかったじゃない。あんまりハッキリ言うもんだから、びっくりしちゃって……」
「そっかそっか。そういえば忙しさにかまけて、あんまり話してなかったもんな。でも、俺はずっと前からそう決めてたけど?」
「あ、そう。いいわよ、私は修吾が決めたなら」
 微笑み合う二人を見て、和人も微笑ましく思えた。
『おめでとう。先が楽しみだね』
 照れ合う二人に向かって、和人がそう言った。幸と修吾はまた笑う。
「そういう和人も、恋人がいるんじゃないの?」
 突然、幸がからかうように和人に言った。そんな幸に和人が首を傾げて尋ねる。
『……どうして?』
「正月に見たのよ。和人が実家近くの本屋さんで、女性と一緒にいるところ」
 正月に和人を見たことを言うのは、これが初めてだ。からかうようにしながらも、幸はあの女性のことが知りたかった。和人の恋にも興味がある。
『ああ……』
 和人は、思い当たる節を探して苦笑した。
『なんだ。いたなら声をかけてくれればいいのに……』
「二人が良い雰囲気だったから、かけそびれちゃったのよ」
『またまた……あの人は、職場で知り合った人だよ。イラストレーターをしてるんだ。いろいろお世話になってる』
 和人がそう答えた。
「その人と、付き合ってるの?」
 楽しそうに話す和人と幸に、やっと修吾がそう言って話に入ってきた。
『いや、まだそこまでは……』
「そこまではってことは、脈ありなんだ?」
 修吾の言葉に、和人は苦笑する。
『まあお互い、大事には思っていると思いますよ……』
 少し照れながらそう言う和人を、幸は眺めるように聞いていた。正月に見かけた二人は、明らかに恋人同士に見えた。幸の知らない和人が、そこにいた。

『ご馳走様でした。今日はありがとうございました』
 しばらくして食事を終えた三人は、店の外へと出ていった。そこで和人が、修吾にそう礼を言った。
「いやいや、お礼を言うのはこっちだよ。わざわざ来てもらったんだしね」
 修吾の言葉に首を振って、和人はもう一度礼を言った。
『ありがとうございました』
「いいって。じゃあ俺たち車だから……また一緒に食事しような」
『ええ、ぜひ』
 話している和人と修吾を見て、幸は見守るような笑顔でいた。恋人と幼馴染み……どちらも大切な存在が互いに笑い合える光景は、幸にとっては嬉しいことだ。
「よし、じゃあ幸。行こうか」
「うん。和人、また連絡するね。おばさん、お大事にね」
 幸がそう言うと、和人は大きく頷いた。
『ありがとう。気を付けてね。おやすみなさい』
「うん。和人も遠いんだから、気を付けて帰ってね。今日はありがとう。おやすみなさい」