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泥の華

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深海魚のように生きてまいりました。
光の届かぬ暗闇で、じっと耐えてまいりました。
ときおり光の世界からは僅かな希望が零れ落ちてきます。
私はそれを手で救う事すら出来ずに、ただただ地に落ちるのを見つめているだけなのです。
光り輝くその希望が地に落ち泥にまみれて穢れると、その時にようやっと私はそれに近付く事が出来るのです。
そうして地面に這いつくばりながら、その希望の残骸を啜りあげるので御座います。
私が啜りあげる頃には希望という名の光は失われ、それはもはや腐敗しきっているのですが、それでもどこまでいってもやはり希望は希望。どんな無様な残骸になれ果てようとも、結局の所それは私などにはとても眩しいのです。

姿を歪ませ生きてまいりました。
醜いと差別され嘲笑の中を、じっと耐えてまいりました。
美しい人がいました。
彼女はどこまでも美しく気高く、光の象徴のように思われました。
それなのに彼女は私に言いました「私を殺してちょうだい」と。
私は彼女の望みを叶えました。そこに惑いはありませんでした。
触れてみたかったのです。地に落つる前の光に。たといそれが殺害という汚らしい行為であったとしても。その汚らしい行為は私にお似合いに思えたので御座います。

彼女の細く白い首に己が醜い手を這わせました。
陶器のように滑らかなその白い肌に、私は戦慄さえ覚えました。
そのまま両の手で美しい人の美しい首を包み込むと、万力を込めて締めあげました。
彼女は小さく呻きはしましたが、他には何の抵抗も致しませんでした。
やがて美しい人の美しい体は弛緩し、水の中へと落ちて行きました。
 どうかどこまでもどこまでも落ちて下さい。
 海の底の奥底の光の届かぬ深海まで。

 後悔はしておりません。
 私は触れる事が出来たのですから。腐敗する前のあの光り輝く希望に。
 檻の中は私の現実と何ら変わりありはしないのです。
 私はただ光の届かぬ暗闇で、じっと耐えるだけなのです。
 私の生涯においてたった一度触れる事が出来た、希望という名の残骸を惨めったらしく啜りあげながら。
 ただただ這いつくばって時間を消費するのです。
 深海魚のように深淵の闇の中でじりじりと。
 裁きという希望を待ちわびながら。
 
作品名:泥の華 作家名:有馬音文