VOICE
時が流れて、僕は無事、大学を卒業する。
バイト先から、正式に社員にならないかという申し出があったけれど、丁寧に辞退した。
あれから、一度も彼女のアクセスはない。
「ハルト」も、僕がバイトを辞めると同時に、「海外に音楽の勉強をしに行く」という名目で、サービスからいなくなった。
小さな会社に何とか就職口を見つけ、春から社会人となる。
慣れないスーツとネクタイ、満員の通勤電車が、僕の生活の大半を占め、「ハルト」の記憶を押し流していった。
そして、社会人として、二度目の春を迎えたある日。
通勤途中、新しい店が出来ていることに気がつく。
こじんまりとした店先に、色とりどりの花が咲き乱れていた。
「何だ?花屋?」
物珍しさもあって、何人かの女性が店内を覗いている。
特に用もないので、足早に通り過ぎようとしたら、
「いらっしゃいませ!」
明るい声が響いた。
マイクを通さないその声は、遠い記憶を呼び覚ます。
驚いて足を止めると、店の中から一人の女性が現れた。
店内を覗いていた女性達に、てきぱきと対応している。
長い髪を一つにまとめ、薄化粧の顔は、明るい笑顔を浮かべていた。
その姿を、ぼんやりと眺めていたら、
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
気がついたら、先ほどまでの女性達の姿はなく、目の前に彼女が立っている。
「あ、あの・・・」
「どなたかに贈り物ですか?」
そう言って微笑む顔は、初めて見たけれど。
その声は、間違えようがない。
「あの・・・花束を、贈りたいんです」
「はい、ありがとうございます。どのような用途でしょう?お祝いですか?」
「はい、えっと・・・お祝い、です」
僕は、彼女の笑顔をまっすぐに見つめ、
「僕の大切な人に。夢を叶えたお祝いです」
終わり