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VOICE

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「VOICE」


パソコン画面の中、顔の半分は目なんじゃないかというアニメ調の美少女が、僕に微笑みかける。

「初めまして。アイです。宜しくね」

鼻にかかった甘い声が、スピーカーを通して聞こえた。

「いや、普通に気持ち悪いですね・・・」

座ったまま、横に立っている先輩を見上げる。
先輩は、インカムを外すと、無精髭のある顎を撫で、

「まあ、そう言うな。これでも、アイは人気ナンバーワンだぞ」
「中身は、髭面のおっさんですけどね」
「いいんだよ、中身はどうだって。客が会話してるのは、俺じゃない。パソコン画面のアイだ」

僕は、画面の中で微笑み、瞬きを繰り返すアイを見た。

「こんなのにハマる奴も、いるんですねー・・・」
「年齢性別問わず、会員数はうなぎ登りだ。他キャラも見るか?」
「いえ、もうお腹一杯です」

マウスに手を伸ばした先輩を押しとどめて、

「で、僕は、どのキャラを担当すればいいんです?」


大学の先輩に、「割のいいバイトがある」と聞かされて、興味本位でついてきたら、見せられたのが、バーチャルキャラのアイだ。

何でも、登録制のサービスで、専用ソフトをダウンロードすると、パソコンの音声通信を使って、「キャラ」と会話出来るのだという。
音声は変換されるので、相手側には「キャラ」の声が届くのだそうだ。プログラムの自動応答ではない、リアルな会話が楽しめるのが売りなのだとか。

種を明かせば、画面の向こうで、オペレーターが「キャラ」の設定に合わせて、応答しているのだ。


「お前はこれ、な」

先輩はそう言って、画面に新しいキャラを呼び出す。
細身の男性で、あり得ない色の髪をしていた。

「「ハルト」だ。売り出し中の若手ボーカリスト。長い下積み生活を経て、やっと人気が出始めたって設定だ」
「はあ・・・」
「「ハルト」と会話できるのは、レコーディングの終わった夕方から夜にかけて、週三日。基本、スタジオから会話してる設定だが、祝祭日は自宅からだぞ。間違えるなよ」
「はあ・・・」
「そんな顔するなって。最初はあれだが、慣れれば、結構楽しいもんだぞ。大丈夫、お前ならやれる」

無責任な太鼓判を押されて、内心ため息をつく。
だが、時給がいいのも事実だし、先輩の言うとおり、「慣れれば」大丈夫だろう。

「分かりました・・・じゃあ、明日から宜しくお願いします」
「おう!宜しくな、「ハルト」」

先輩はそう言うと、僕の肩を乱暴に叩いて、ガハハと笑った。



先輩の言う「慣れれば大丈夫」は、「慣れるまでが大変」なのだと、初日で思い知らされた。
突然、「ハルトはそんなこと言わない!」とキレる客がいたり、こちらからどんなに話しかけても、始終無言だったり。

それでも、慣れてくれば、会話を楽しむ余裕が出てくるし、馴染みの相手も出来て、打ち解けた雰囲気になることも多くなる。

予想通り、女性客が大半だが、時折男性客も掛けてきて、男同士の会話を交わすこともあった。

そんな中、毎週必ず決まった曜日、決まった時間に掛けてくる女性客が現れた。
最初は、緊張しているのか、「はい」とか「ええ」くらいしか言わなかったのだが、繰り返し掛けてくるうちに、徐々に言葉数が増えていった。


今日も、決まった習慣のように、彼女からのアクセスに応じる。

「こんばんは」
「こんばんは、お仕事お疲れ様です。今日、大事なプレゼンがあったんでしょう?どうでした?」
「え?あ・・・覚えててくれたんだ。嬉しいな」
「もちろんですよ。朝から気になってて、レコーディングに身が入ってないって、注意されてしまいました」
「えっ、そうなの?ご、ごめんなさい。私が、余計なこと言ったから・・・」
「大丈夫です、気にしないで下さい。それより、結果を教えてくれますか?」

仕事のことを、少し早口になって説明する彼女の声が、耳に心地良い。
一体、彼女はどんな姿をしているのだろうかと、思いを巡らせていたら、

「あ、ごめんなさい。私のことばっかりで・・・」
「いいえ、楽しいです。僕が知らない世界だから」
「そっか、ハルト君、会社勤めの経験ないんだ」

彼女の言葉に、慌てて、手元のメモ帳に目を走らせた。
「ハルト」の設定が事細かに書かれているそこには、確かに大学を中退して、歌の世界に飛びこんだとある。

「ええ、僕も、一度は就職しておくべきでした」
「そんなこと・・・ハルト君は、夢を叶えたんだもんね」

いつもと変わらぬ口調に、ほっとした。
同時に、もっと設定を頭に叩き込んでおこうと、決心する。
今、彼女と話しているのは「ハルト」であって、その設定を逸脱した会話は厳禁だ。


もし、機嫌を損ねたら、彼女はもう掛けてこなくなるかも知れない・・・。



何度も会話を重ねるうちに、多くのことを知った。

彼女の実家は花屋で、今は両親が営んでいること。
大学生の弟が居て、いずれは弟が店を継ぐであろうこと。
職場には、仲のいい先輩がいて、いつも面倒を見てもらっていること。
不器用で、何をするにも人より時間がかかると、笑っていた。


「恋人は、いないんですか?」
「いないよ。元々モテないし。今は、ハルト君と話すのが楽しいから」
「嬉しいです。僕も、お話するの、いつも楽しみにしているんです」
「そんなこと言ってくれるの、ハルト君だけね」

彼女の笑い声に、ほっとする。


そうか、決まった相手はいないんだ。



その日も、何時もと同じ時間にアクセスがあった。
だけれど、彼女の声に、何時もと違うものを感じる。

「何かあったんですか?」
「え?ううん・・・何で?」
「あの、声が、元気がないみたいですから」
「あ・・・」

彼女は、そのまま黙ってしまった。
沈黙が、互いの間を流れる。

耐えきれなくて、口を開こうとしたとき、

「・・・仕事、辞めてきた」
「え?」
「父が、倒れて。大したことはなかったんだけど、私に戻ってきて欲しいって。仕方ない・・・よね。弟は、まだ大学があるし。卒業するまでは、私が支えないと」
「え・・・えっと・・・あの・・・」

言葉が出てこなくて、何度もつかえていたら、

「だから、ハルト君とお話出来るのも、今日が最後なんだ。私ね、頑張る。お店を大きくして、こっちに2号店出しちゃうから。そうしたら、また、掛けていい?」
「あっ・・・も、もちろんです!待ってます!待ってます・・・から・・・」

言葉が続かなくて、そのまま口ごもる。
彼女は、小さく笑って、

「ありがとう。私・・・あなたのこと、好きだった。「ハルト」じゃなくて、今、私と話してくれている、あなたが」
「え・・・?」
「今まで、ありがとう。さようなら」

その言葉を最後に、通話が切れた。




「珍しいね、ハルトが、この曜日開いてるなんて」
「ええ、あなたの為に、開けておきました」
「またまたー。ちょっと掛けない内に、お世辞もうまくなっちゃってー」

何時も彼女と話していた時間も、あっと言う間に、他の客からのアクセスで埋まる。
何人もの客と、「ハルト」として会話しながら、僕はずっと彼女を待っていた。

「ハルト」ではない、僕を好きだと言ってくれた、彼女を。



作品名:VOICE 作家名:シャオ