七変化遁走曲
「ええと……つまり?」
紅色の寒天を蓮華で掬いながら、あたしたちがこれからどうするべきかの要約を求める。常葉はメニューをテーブルの端に戻しながら、つまり、と言葉を区切った。
「つまり、その池の畔にある花弁か、あるいは花弁を手掛かりにすることで彼女の探し物が見つかるってことだよ」
ぼたり、せっかくの寒天が切子の器の中に戻ってしまった。それを見守りながら、左手の中指で眉間の辺りを押す。
「なんか、嫌な予感がしてきたわ。これで解決だと思っていたからには、ね。二度あることはナントカって言うもの」
とは言えど、依頼は依頼。あまりにも呆気なく(ということにしておこう)解決してなんとなく『これでいいのか』という気はしていたので、まだ終わらなければ終わらないで、モチベーションが簡単に下がる訳でもない。すぐに頭を上げて、ちらちらと店員の行き来を盗み見る助手の表情を眺めた。
「それで、『君来池』の場所は分かったの?」
ハウスと命ぜられた犬のようにピンと背筋を伸ばす常葉。あたしは思わず顔をしかめる。
「ここに来るギリギリまで粘ってなんとか。国内に実在する池だったよ。ただ、地図に乗る正式な名前ではなくて、地元の人達が使う通り名だったから手間取っちゃって」
続け様に口にしたのは、耳にしたことの無い地名。詳しく訊ねると、なんと隣県の山沿いだという。
ここからだと片道二、三時間はかかるだろうか。交通手段によってはそれ以上かかるかも。
それでもその畔に咲く花などは、地図を見たってわからない。それなら手段は限られる。
「実際に行ってみるしかないわね」
気を取り直して、バニラアイスを一口。小豆の粒と相俟って、やわらかな甘さが口に広がる。続け様に杏子の蜂蜜漬けも口に運ぶ。
ああ、どうして帰り道の糖分はこんなに身体に染み渡るんだろう。
「そうそう。これ、陽花さんから預かってきたんだ。君に、って」
常葉が急に、脇に押し遣っていたアタッシュケースを漁り出した。鞄の隅から出てきたのは、片手に収まるくらいの白い箱。
一体なんだろうと開いてみると、更に和紙に包まれた半円形の何かが出てきた。だから今度は両手を空けて、包みを丁寧に開いてみる。
「これは……盃じゃない?」
手の中に隠れてしまうくらいの華奢な盃。触れた感じは陶器のようだけれど、その色合いは深い深い藍色。
見惚れる程に綺麗な。けれど、だからこそ困惑する。だって、盃はお酒を飲むもので、あたしはというと味も知らない未成年なのだから。
助けを求めて常葉の顔を見る。彼は笑って僅かに首を傾ける。
「君の思うようにして欲しい、ということだよ。君に渡す限り、持ち主は君なのだから、と」
『好きに使ってもらえるかしら』
なんとなく、陽花さんの声が聞こえた気がした。もしかしたらこれもひとつのヒントなのかしら。まだたった一度しか会ったことがないけれど、あの池の側に立って微笑むその横顔が思い浮かんだ。
あたしは取り出したばかりの盃を丁寧に包み直して、自分の鞄の中に大切に仕舞った。
「おまたせしました」
店員が常葉の注文を届けに来る。待ってましたとばかりに微笑み返す彼の前に、平皿が添えられる。
その上には稲荷寿司。どうして洋風ファミレスのメニューにあるかは知らないけれど。
とにかく、いつよりも取り澄ましていつよりも笑顔を隠しきれてないその様子を見ると、ああこれは間違いなく狐だな、と重い息を吐きたくなった。