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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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ふしぎなバトン

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ぼくはその日、人生で最大の危機を迎えていた。
 勤めていた会社が倒産してから一年以上。
 ほそぼそとアルバイトを続けながら、就職活動をしていたけれど、うまくいかず、アルバイトもクビになった。
 そしてついにお金もなくなって、家賃が払えず、アパートもおいだされた。
 あてもなくとぼとぼと歩いているうちに、いつの間にか、川のほとりに来ていた。
 しばらくの間、草の上に座って川の流れをぼうっと見ていた。

 ここがいいかな。

 ぼくは決心すると、立ち上がった。
 ふらふらと川に向かって歩いていって、水に足がつこうとしたときだった。
 突然、ぼこっと鈍い音がして、頭に何かが当たった。
「あいたっ」
 それはぼくの頭ではねかえって、ぽちゃっと水の中に落ちた。
 みると、水の底に赤いものが見える。細長くて、棒のような形だ。
 拾ってみたら、中が空洞の筒になっている。
「バトン?」
 どうみても、それはリレーに使うバトンだった。
「誰かがリレーの練習でもしているのかな?」
 あたりを見回したけれど、誰もいない。
「橋の上から落としたんだろうか」
 ぼくは頭の上を見上げた。
 けれど、そこは抜けるような青空がひろがっているだけで、橋はなかった。
 ぼくはバトンの水気を切ろうと、二、三回振ってみた。
 すると、一瞬きらっと輝いてみえたので、ぼくはバトンをまじまじと眺めた。
 でも、何も変わったところがなく、普通のバトンだった。
 ところが、望遠鏡のように穴から覗くと、若い男が見えた。
「あれ?」
 もう一度のぞき込んで、その男の顔をよく見て、ぼくはまたびっくりした。
 何年か前のぼくの顔だったから。

 その頃のぼくは希望に満ちていた。
 都会に出てきたばかりで、イラストレーターになりたくて、学校へも行った。
 学校を出てから、デザイン会社で働き始めて、作品も取り上げられて、ぼくはうれしかった。
 ところが、まもなく会社が倒産。
 それから、不幸は坂道を転がるように、勢いを増してきた。
 いくつものデザイン会社の採用試験を受けたけど、不採用ばかり。
 作品を出版社に持ち込んでもボツばかり。
 生活のためにアルバイトをすれば、けがをして、入院したり。
 そんなことの繰り返しで、とうとうぼくは一文無しになってしまった。
 
作品名:ふしぎなバトン 作家名:せき あゆみ