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アタシによる彼の観察と恋愛想定と夏の原色の創造

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「…大丈夫かな」


出来上がった『ゲンコウ』を送るとき、彼はぽつりと、鼻歌を歌ったときよりも随分か細い声で呟いた。
大丈夫よ。彼について来ていたアタシはそう言って彼の後を足早に追いかけた。
彼とアタシの身長の差は激しい。アタシは一生懸命歩かなきゃ貴方に追いつけない。

……貴方は心配しすぎよ。アタシが居るから大丈夫。そうは思えない?
アタシだけが貴方の生活の中で唯一の話し相手なんでしょう。一日中部屋の中に居ればそうもなるわね。
当然よ。誰とも会うはずがないもの。


でも大丈夫よ。絶対大丈夫。アタシが居るから。
貴方にもし将来誰かとても良い娘が出来たら、アタシは黙って身を引いてあげるし、もし貴方に心中しようって言われたら仕方ないわねって答えてあげるから。

彼はしきりに天気の心配もしていた。前回の失敗を繰り返したくないのね。
そんなの大丈夫よ。失敗をまたすればいい。
そしたら貴方は優しいから、アタシをまた連れて行ってくれるでしょ。
アタシはそれでもいいの。

アタシはね、貴方が道連れにしてくれるなら、豪雨の絶景場所でもあの世でも、仕方ないから何処へでもついていってあげるわ。
貴方が一人の時はね。
貴方を一人ぼっちなんかにはさせやしないわ。



夏は駆け足で過ぎていく。あっという間に。
激しくて長くて短い季節。でもまだ、夏は始まったばかり。
まだ日は沢山有る。三日続きの雨が上がったら、向日葵の蕾が綻んできて。それから夏が笑ってくれるのよ。

夏の風が網戸を通って風鈴を揺らしながら吹き抜けるあの部屋。
さぁっと、生暖かい中に熱くて甘いにおいをいっぱい含んだあの風が吹いたら。
あの部屋のドアを迷わずに開けてよ。
全部よ。ドアが壁についてしまうくらい。そうしたらそこには一面の夏が広がっているわ。
旅雑誌の様に飾り立てて立派な旅でなくていいのよ。そんな旅はしなくていいのよ。
アタシが一緒だもの、仕方ないじゃない。貴方はアタシの為に頑張ってくれる。頑張ってくれたわ。
私たちは私達なりの旅をすれば良いのよ。
シンプルで、不確実で、不器用なな旅を。迷っちゃって地図を片手にうろうろするような旅を。
あの青い車で行こうよ。それだけでアタシは幸せ。



旅行の荷物を纏めている彼に鼻先を擦りつけながら擦り寄ると、
アタシの首に付けられた赤いリボンと金色の鈴がチリチリと風鈴とはまた違った軽い音をたてて細かく揺れた。キラキラと夏の光を反射しながら。
彼が何だと顔を上げてアタシを見る。それから、にこりと優しく微笑んでアタシを抱き上げてくれた。
アタシは彼をじいっと見上げて尻尾を揺らしながらほんの一言だけ。「だいすきよ」と言った。
彼には通じたかしら。アタシの言葉、通じてくれると嬉しいのだけれど。ただの鳴き声じゃあないんだから。
だけど彼は笑っていてくれたから、アタシの気持ちはわかってくれたはず。
貴方は分かってくれるわよね。




アタシたちが旅行中に一通の通知が届いたらしい。それは、彼が見事賞を射止めたと言う通知。



空はどこまでも続いているんじゃないかってくらいに真っ青。
旅行中、アタシたちはいつも太陽を見ていた。
青い車が緩やかなスピードを出して真っ直ぐな道をひたすら進んでいく。
風がびゅうびゅう音をたてて、アタシが身を乗り出した窓から入り込んで、彼がかじりついて運転をしている運転席からにげていった。

ほら、大丈夫だったでしょう。太陽はずっとアタシたちに笑ってくれていた。
あのとき見る事が出来なかった景色はアタシたちの目の前に広がっていて、景色に興味がないアタシでも感嘆の溜息を吐かずにはいられなかった。
だって本当に綺麗だったの。空と海が交わって、目の前がひたすらに青かった。
青の中にいるアタシ達は、ひたすらに清らかだった。


……アタシが居るからなんでも大丈夫、そう思ってよ。
アタシはただのちっぽけな、ちっぽけすぎるほどちっぽけな飼い猫だけど。
お金にも何もならない猫だけど。

あなたを一人にはさせやしないから。

絶対に、貴方を一人にはしないから。




だってアタシは貴方の。



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BGM&イメージ:ドックイヤー/レミオロメン