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like a LOVE song

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「それが少し前のことです。連絡が途絶えて何年も忘れられなかったその思いを、ようやく自分の中のあるポイントに置くことが出来た。けど、そんなときにあいつは死んでしまいました。だからこうして来るしかなかったんです。あいつの生きてた場所、見てみたくなったんです」
「つまり、恋さんはゲイだ、ということですか」
 茜は少しだけ驚いたようにしながら問うた。
「いいえ。俺には妻もいますし、二人の子どももいます。彼女たちを愛せないかと言えばノーです。けど、愛と恋は違う。あいつは言ってました、恋は苦しさを伴って、愛は穏やかさを伴う。あいつに恋はしていたけど、たぶん友人として以外の意味で愛してはいない。あいつのことを思うと苦しくなりはしても、心の平穏という意味ではまったくありませんでした。妻にも愛は絶やしませんでしたが、恋かと言われれば首を振ります」
 恋は口を閉ざした。いや、愛は口を閉ざした。

 恋の座っている王座の横に、いつかその姿があった。
「迎えにきたぞ、恋」
「またでしゃばる訳だ、水下愛」
 彼は鬱陶しそうな目で愛を見据えたが、愛は不敵に笑うのみだった。
「いい加減にしてくれよな。俺だって自分を殺したくはないんだ。現実にも空想にも」
「ああ、わかってる。わかってたし、わかった」
 殺したはず、とは思わなかった。愛の残滓などいくらでもある。恋の利用するデータベースはすべて彼のものだ。最後の旅に持った「点滅する猫」の絵本も彼のものだ。殺さなかった倖雄への愛も、紛れなく彼のものだ。
「で、お前は結局俺を殺すわけだ」
「殺さないよ。お前の住む場所が出来た」
 王室の風景は歪む。彼が座っていた王座は、いつしかあまり装飾のないソファに取って代わられていた。
「ここは」
「正確にはここは俺が見た場所じゃない。お前が見た場所だ。それがどこかわからないほど耄碌した人格じゃないだろう、お前は」
 狭い畳敷きの部屋、台所、風呂、トイレ。そして窓から見えるビル街の風景。日当たりの悪い部屋。
「倖雄の部屋」
「そう。あのアパートの、倖雄の部屋」
 もちろん現実のものではない、愛の世界の中に作られた、一つの風景である。倖雄への恋心の置き場所、彼が倖雄への恋を飲み込み、消化し、忘れていくまでの牢獄であり、楽園だった。
「昔から思ってたが、お前は少々ロマンチストに過ぎる」
「恋しい相手を夢にまで見るようなお前に言われたくないね。俺まで呼ばれて、あの時はどうしようかと思った」
 二人で共通の表情を作る。それがどんな表情だったか、彼ら以外に知る者はなかった。

「中まで見れるとは思ってなかった、ありがとうございます」
「いえ、いいんです。道、わかりますか」
 帰途、茜が自宅はこちらだ、けれどコンビニは向こうだ、と言うので、愛と彼女は分かれることになった。
「はい、これでも方向感覚には自信がありますから」
「この建物までたどり着けなかったのに」
「道がわからないのと方向がわからないのは別の問題でしょう」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして愛は束の間呆けたが、すぐに表情を笑顔に変えて笑った。倖雄のことを語りだすまでどこか不思議な雰囲気を醸し出していた振る舞いは、どうやら彼本来のものではなかったようだった。あの生まれたての赤子のようなぎこちなさは、何か悪いものに憑かれでもしたように彼女には見えていた。今の彼と比較するとよくわかる。
「じゃあ、またいつか俺の町に来ることがあったら寄ってくださいよ。ウチ、豆腐屋やってるんです」
 愛は彼女に名刺を渡す。水下豆腐店の住所と電話番号、そして水下愛の名があった。一度は名乗った偽名を取り消して、彼は今名乗ったのだと彼女は悟った。
 彼は恋をアパートと一緒に取り壊すためにここまで来たのだろう。いつか買い手がつけば、その敷地は買われることになるかもしれない。
「じゃあ、愛さん。さようなら」
「はい、さようなら」
 道が別れて行く。偶然であっただけの彼女に、すべて打ち明けてしまうとは思っていなかった。彼はやたら敬虔な気持ちを懐いて、その必然を導いたに違いない神の存在に祈った。
 やがて、彼が車を停めた有料駐車場が姿を現した。彼の車は、主の帰りをただ待っていた。三時間ほど置きっぱなしになっていたから、それなりの額を払わなければならなかったが、足りないというほどではなかった。
 走りだすと、すぐに高速道路の入り口がある。彼の田舎とは大違いだ。彼の町から高速道路に乗るまでは二、三時間を要する。
 車は高速道路を走っていた。風を追い越していく車体には、愛の歌声が満たされていた。流行の過ぎたラブソングだ。もう三、四十年も前の曲になるだろう、古い歌だ。
 ずっと友人だった彼への鎮魂歌を探して、彼はそれ以上のものを見つけられなかった。
 愛は祈る。倖雄が極楽へ旅立てることを。
 愛は祈る。いつか生まれ変わるとき、彼が幸せであれることを。
 そのまま走れば、やがて都会の景色は緑に変わり、彼の住む町が近づいてくるだろう。
 ああ、そうだ、と愛は思った。
 帰ったら、三月にきちんとした言い訳をしなければ。
作品名:like a LOVE song 作家名:能美三紀