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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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ホリディ

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さあ、困ったぞ。
 急にママが二、三日出かけることになった。おばさんの看病だって。せっかくの連休だっていうのに、パパは出張中。お兄ちゃんとふたりで留守番しなきゃならない。
 これが三ヶ月前なら、何の心配もなかったんだ。お兄ちゃんはぼくと四つ違いの六年生。すごく頼りになるから。
 でも、ぼくたちはけんかした。それも今までで最大の。おかげでお兄ちゃんは、今だにぼくと口をきかない。
 もう、けんかの原因なんかとっくに忘れちゃったけど、お互いに意地を張ってどちらも謝らないから、冷戦は続いてる。

「おとなりのお姉さんに頼んであるから、何かあったら相談しなさい」
 細々とした注意を早口で言うと、ママは出かけていった。
 おとなりのお姉さんというのは、ぼくんちの隣のアパートに住んでいる作家志望の大学生。ママとすごく気があって、食事によんだりしてるんだ。ちょこっとした賞に入選したときなんか、おごってくれる優しいお姉さん。
 今どき染めていない髪は、なんと三つ編み。それに分厚いレンズの丸いめがねをかけている。二十歳だけど、やせっぽちでちっちゃくて子どもみたいな人だ。

 朝ご飯がすむと、お兄ちゃんはさっさとサッカークラブに行っちゃった。つまんないな。けんかさえしなければ、いっしょに連れてってもらえたのに。やっぱりあやまっときゃよかったな。
 だあれもいない家で、ひとりぽっちでゲームをやってもつまらない。ソファーでごろごろしていたら、お姉さんが来た。
「元気ないじゃない。ようちゃんは?」
「サッカークラブ」
「まったく、こんなときくらい仲直りしなさいよ。二人っきりの兄弟なんだから」
 お姉さんはあきれたように言いながら、おひるごはんの支度をしてくれた。
「さあ、できたわよ。特製チャーハン」
 でもお兄ちゃんはなかなか帰ってこない。
「待ってることないよ。あんなやつ」
「だめよ。お兄ちゃんを悪くいっちゃ」
 しばらく待ってもお兄ちゃんは来ないので、二人で先に食べた。それからぼくはリビングのソファーで本を読み始めた。
「もう一時すぎよ。困ったようちゃんね」
 洗い物をしながらお姉さんがそう言ったのは覚えてたけど、いつのまにかぼくは眠っちゃったんだ。
 
 ごとごと音がする。お姉さんがなにかやってるのかな。それともお兄ちゃん?
 ぼくはゆっくり起きあがると、廊下に出て音のする方へ行った。
 なんてこった。奥のパパとママの寝室にへんな男がいるじゃないか。
 どろぼうだ! お姉さんに知らせなきゃ。
と思ったとき、「うう」っと、うめき声。
 見ると、台所にお姉さんが手首と足首を縛られてころがっている。ぼくはビックリしすぎて声もでなかった。
 お姉さんは口をガムテープでふさがれていて、ぼくに逃げろと目で合図してる。ぼくはうなずいて、そうっと玄関に向かった。足ががくがくしてもつれそうだ。そのとき、お兄ちゃんが帰ってきた。
「ただいま」
 あわわ、わわ。
 ぼくが口をぱくぱくさせながら、手をふって合図してるのに、お兄ちゃんは完全に無視。ぼくをさけて台所へ入った。そのとたん、縛られたお姉さんを見て、
「うわ」
と、声をだしたので、どろぼうに気づかれてしまった。
「まて」
 どろぼうはナイフをかざして追いかけてきた。お兄ちゃんに手を引っ張られて、ぼくは玄関から飛び出した。
「どろぼうだあ。どろぼうだあ」
 お兄ちゃんは大きな声で叫んだ。騒ぎを聞きつけて、近所の人が出てきた。
 家の中はどうなっているんだろう。もし、お姉さんが刺されたら……。
「なおをお願いします」
 お兄ちゃんはそういうと、近所の人が止める間もなく家に引き返した。
「だめだよ。お兄ちゃん」
 ぼくも、みんながとめるのを振り切って、夢中でお兄ちゃんを追いかけた。
「おまえなんか足手まといだ。帰れ」
「だって。お姉さんが……」
 ぼくがお兄ちゃんのTシャツをぎゅっと握ったら、しょうがないって顔をした。
「じゃますんなよ」
 家の裏にまわると、勝手口のドアが開いていた。どろぼうはここから入ったんだ。そっと様子を見ると、どろぼうはリビングにいて、お姉さんはソファに横たわっている。
 逃げ損なったので、お姉さんを人質に立てこもる気だ。冷蔵庫からジュースとかハムとか持ち出して、食べたり飲んだりしてる。
 ぼくとお兄ちゃんは、どろぼうに気づかれないように二階に上がった。リビングは吹き抜けだから、二階の踊り場からよく見える。
 外はパトカーのサイレンが鳴り響き、野次馬まで群がって大騒ぎになった。

「なお、部屋からおまえとぼくの椅子を持ってこい。それから……」
 ぼくたちは、お姉さん救出作戦を開始した。下に音が聞こえないように、部屋から持ち出したのは、キャスターつきの椅子にサッカーボールやソフトボール。それからBB弾。
 お兄ちゃんはベランダから二本の洗濯ロープとステンレス製の大きなS字フック、物置からは脚立を持ってきた。
 まず、一本の洗濯ロープにS字フックを取り付けて、踊り場からロープを少しだけ垂らした。もう一本のロープは脚立に縛った。ぼくはこっそり階段の中段にBB弾をたくさんばらまいた。これで準備はOKだ。
 外からは警察が呼びかけている。
「人質を解放しなさい」
 リビングから外をのぞいていたどろぼうは、台所の方に警官の気配を感じたらしく、そっちの方へ行くと、窓から何か怒鳴った。
「今だ」
 お兄ちゃんはロープを下ろして、ソファーに横になっているお姉さんに小声でいった。
「フックを縄に引っかけて」
 お姉さんはびっくりしていたけど、すぐに言われたとおり、縛られている手首のロープにフックを引っかけた。そこへ、どろぼうがもどってきた。
「せーの!」
 お兄ちゃんのかけ声で、洗濯ロープを一気に引っ張った。
「うわあ」
 どろぼうが大声を上げた。お姉さんが急に宙に浮いたのでびっくりしたんだ。
「お姉さん、これでがまんしててね」
 力が足りなくて引っ張り上げきれず、お姉さんは吹き抜けに宙ぶらりんになった。でも、これでどろぼうから離れたので安心だ。
「くそお。二階にいたのか」
 我に返ったどろぼうは、階段をものすごい勢いで上がってきた。ところが中段でBB弾に滑って前につんのめった。やった!
 どろぼうが起きあがろうとしたときに、ぼくは勢いよく椅子を転がした。がたがたがたーん。
「いたたたた」
 みごと命中! どろぼうは頭を押さえてうずくまった。
「くそお。がきども!」
 どろぼうが怒って立ち上がると、
「へへーんだ。これでもくらえ!」
 お兄ちゃんはもう一本の洗濯ロープを引っ張った。すると、脚立の上に置いたボールが転がった。どろぼうはボールを踏んづけてバランスを崩した。
「おっと。がきどもめ。今いくからな」
「ふん、来れるもんならきてみな」
 ぼくたちはあかんべーをしながら、脚立を階段の上から滑らせた。
「うわーーーーーー」
 どろぼうはBB弾やボールに足を取られてよけきれず、今度こそ真っ逆様に階段から転げ落ちた。
 ガラガラガラ……ガシャーン!
「これでもくらえ!」
作品名:ホリディ 作家名:せき あゆみ