記憶
原因不明
彼女の身体自体はいたって健康
脳にも異常は無いとなると
医者には何も出来なかった
そんな日々の中でついに母親の心は彼女よりも先に壊れた
彼女がわからないと呟く度に彼女に手をあげた
彼女はどうして殴られるのかわからなかった
それもまた 忘れてしまっていたから
そして僕は
そんな来る日も来る日も殴られる彼女を見つめながら
ある日 後ろから近づき 大きく振り上げたパイプ椅子を 振り下ろした
広がる赤色の中で 変わらぬ彼女の白い肌が光っていた
「さぁ...」
差し出した僕の手を掴み 握り締め 彼女は言った
「この人 だぁれ?」
僕は何も答えなかった
赤の中に沈んだそれも 何も伝えることは無かった
いつしか彼女は 眠り つぎの日起きると
何もかも忘れるようになっていた
朝
朝日を浴びながら彼女はゆっくりと瞼を開く
そして言うんだ
僕に
あの日と変わらない声と笑顔で
「あなたは、だぁれ?」
昨年発表された地球の寿命はすぐそこまで 来ていた
「僕は、僕はね...」
終わる世界のはしっこで、僕らは毎日
出会い 別れる
世界の終わる
その瞬間まで