さとうくん
スイミングに通っているんだけど、一緒に入った友だちよりもずうっとへたくそなんだ。
だから、さとうくんとどっちが早く泳ぎがうまくなるかなって、ぼくは楽しみにしているんだ。
でも、いつまでたってもさとうくんはうまく泳げないし、ぼくもあんまり上達しない。
さとうくんが家に来て、一ヶ月たったころ。
次の日にスイミングの進級テストがあるぼくは、ゆううつだった。
「ねえ、さとうくん。ぼくまたおっこっちゃうよ。これで三度目だよ」
さとうくんにむかって愚痴を言ったそのときだった。
さとうくんは急に動き出したかと思うと、いつになくすいすい泳ぎだした。
ぼくは声もなく、その泳ぎに見入ってしまった。
水槽の下から上に一気に上がると、端から端まで、縦横無尽に泳いだんだ。
ゆれる尾びれがまるで羽衣みたいにみえて、そりゃあ、もう、ほかの金魚たちに負けないくらい優雅にすうーっと。
「さとうくん。すごい。すごいよ」
そんなさとうくんを見て、ぼくは勇気がわいてきた。
進級テストをうけるとき、ぼくはさとうくんのきれいな泳ぎを思い浮かべた。
そしたら気持ちがおちついて、いつもよりずうっとうまく泳ぎ切ることができたんだ。
ぼくは進級テストに受かった。
さとうくんに早く教えたくて、急いで家に帰ったんだ。
すると、ママが悲しそうな顔をして玄関に出てきた。
いやな予感がして、居間に飛び込んだら、水槽の中にさとうくんの姿がない。
「ママ、どういうこと?」
ママは目に涙を浮かべながら言った。
「さっき、急に動かなくなったの」
おなかをだして浮かんでいたので、見てみると、もう口もおなかも動いていなかったんだって。
「さとうくんは生まれつきからだが弱かったのね。気づいてやれなくてごめんね」
そういいながら、ママはティッシュにくるんださとうくんを見せてくれた。
涙がひとつぶ、さとうくんの上に落ちた。
「さとうくんは、最期に力を振り絞って、ぼくを元気づけてくれたんだね」
ぼくがつぶやくと、ママは「そうね」とぼくの肩を抱きしめた。
それからママといっしょに庭の隅にさとうくんを埋めて、お墓を作ったんだ。
ぼくは涙をぬぐうと、夕日に染まった空を見上げた。
広がった雲がちぎれて、さとうくんのかたちに見えた。