小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

触れたくなったんだ

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

そこには、いかにも楽しいと言わんばかりの笑顔を浮かべる和真の姿がある。
その表情がなんとも憎らしく、さっきまでの気持ちが台無しになった。

「……クソ兄貴」
「仮にも兄に向かって、クソはないだろう」
「るせぇよ。鍵掛けられてたらどうすんだよ、バカ兄貴」
「場所を弁えんお前らが悪い。邪魔してくれと言っているようなもんだろう」
「だからってタイミング悪すぎるんだよ!どうせならもっと後か早くにしろよ!」
「阿呆。このタイミングじゃなきゃ面白くないだろうが」
「あー、もう!ぜってぇ仕返ししてやるからな、バカズマ!」



夕食も終わった20時のリビング。
家族全員が集まるリビングから、朝陽さんが篭っているだろう部屋へと走る。


「朝陽さん?朝陽さん!ごめんってば、愛してるから締め出さないで!!」
「黙れ、この恥知らず!」
「お願い朝陽さん、寒いってば!俺、風邪引いちゃう!」
「バカは風邪引かないだろ。一晩くらい大丈夫だ」
「や、俺は風邪引くからね!?……朝陽さん?…朝陽さああああん!!」

案の定、鍵が掛けられていた扉を叩きながら、必死に頼み込んだ。
リビングで一人夜を明かすのは、あまりにも寂しすぎる。
途中から反応すら返してくれなくなった朝陽さんが、機嫌を直して部屋に入れてくれるまでかかった時間は…あまり考えたくない。


「鍵は反則だよ」
「お前が悪い」
「寧ろ悪いの和真だって。わざわざタイミング計ってやがった」
「お前がベタベタするからだ」
「だって朝陽さんとベタベタしたいもん」

締め出されている間に冷えた身体を、後ろから朝陽さんに抱きついてゆっくり温める。
最初は振り払われたけれど、途中で諦めたのか大人しく腕に収まって体重を預けてくる朝陽さんが、やっぱり愛しい。

「とにかく、二人でいる時以外の鍵は禁止ね」
「知るか、そんな勝手なルール」
「駄目だってば」
「お前が怒らせなきゃいい話だろ」
「そうだけど、怒っても鍵掛けちゃ駄目」
「なんで」
「だって、俺が朝陽さんと離れたくないから」

何か言葉を返される前にぎゅっと抱き締めた。

自分でも呆れるほど、この人が好きだ。
本当は家の中だけじゃなく、外でだってこうして触れていたい。
それは朝陽さんが望まないからしないけれど。
本当なら、世界中にだって知らせてやりたいくらいだ。
この人に触れられるのは自分だけだと。
こうして抱き締める事が許されるのは、自分しかいないのだと。
きっと、溺れている。
いくらでも湧き出てくる、この人への愛情に。

今度は余計な邪魔で機嫌を損ねる事もない。
機嫌を取りながら、啄ばむような口付け。
同時に愛情も囁いて。

「好きだよ、朝陽さん」
「…知ってる」

二人の時には、驚くほど甘く蕩ける声に、表情に。
何度だって伝える。

中々自分からは近付いてくれない。
けれど瞼を閉じて促す。
これが、不器用なこの人の愛情表現。
言葉は少なくて構わない。
指先から、閉じた瞳から、その全てから俺の事が好きだと伝わってくるから。

「俺だって、お前が好きだ。…晴彦」

重なった唇の僅かな隙間から、小さく漏れ出す吐息と一緒に吐き出された愛の言葉。
それだけで、どれだけ俺が幸せになれるか、この人は知らない。
そして、教えるつもりも、ない。
教えてしまえば、俺はきっと死ぬまで、この人に勝てなくなってしまうから。


本当は、今だって勝てはしないけれど。
夕刻の公園で一目見た瞬間から、俺はこの人に囚われている。

あの時、動けなくて、呼吸すら出来なくて、時間が止まったのかと錯覚した。
消えてしまいそうな身体に、遠くを見つめるその瞳に、行き場なく下ろされた手に。
どうしようもなく惹かれて、焦がれて。
儚い姿を繋ぎ止めたくて、消えてしまう前にと。

堪らなく、触れたくなったんだ。









「バカップル…」
「なんだ、羨ましいのか?」
「全然。私、ベタベタするの好きじゃないから」
「14歳の台詞か、それ…」
「あの子達、そろそろ養子縁組した方がいいのかしら?」
「楓さん、それは晴彦が18歳になってからって言ったじゃないか」



鍵を掛けられていた扉越しに平謝りしている間、そんなやり取りがリビングで行われていた事を、俺は勿論知らない。


作品名:触れたくなったんだ 作家名:ゆず