例え話は嫌いだよ
「違う、ちが……殺したくない!俺、殺したくないんだ、凛に、生きてて欲しい。…でも、死んだかと思った」
「死にかけはしたけどな」
「うん、でも、嬉しかった。凛を殺したと思ったら、少し。これで、俺だけのものに出来るって。でも、苦しかった。凛がいなきゃ、本当に息が出来なかった」
「苦しかったのは僕だけどな」
「もう凛が動かないのは、少し嫌だったし」
「少しか」
「それに俺、凛に馬鹿たれって言われるの好きだから」
「ドMか」
「…そうかも」
「悪いな。放置か罵る事くらいしか出来ない」
「放置は嫌だ」
「我が儘を言うな」
「うん。……凛、馬鹿って言って」
「………馬鹿たれ」
「…うん。ごめん……」
「……本当に、馬鹿だな、お前」
生きててよかった。
そう言った達樹の声は、掠れて聞き取り辛かったけれど。
抱き付いてくる大きな身体に腕を回して、まるで子供を宥めるように撫でながら溜め息を吐いた。
また、暫くは大丈夫だろう。
暫くは。
恐らく、達樹はまた同じ事を繰り返す。
なにせ彼は馬鹿だから。
不定期的に、繰り返さなくては不安なのだろう。
それでもその度にこうして、また赦す振りをする。
本当は、赦してなんかいない。
達樹の不安定さは最初からわかって付き合っている。
気にしていないと言えば勿論嘘になってしまうけれど、赦すも何もない。
僕は怒っていないし、傷付いていない。
だから、赦しようがないのだ。
いつか本当に殺されるかもしれない可能性は、決して低くない事もわかっている。
わかってても、一緒にいる。
それでもいいと、思っている。
どうせいつかは死んでしまうのだから、それを奪う瞬間くらいは達樹にあげたい。
僕は、達樹が死んでも後を追ったりはしないのだから。
僕が死んだら後を追うだろう、達樹には。
いくらか落ち着いた達樹をベッドの中に入れて、うたた寝していたせいで冷えた身体を擦ってやりながら。
僕は、ふと思い出した事を口にした。
「もし僕がいなくなったらだとか、達樹が死んだらとか、そういう下らない例え話は嫌いだよ、僕は」
「…うん、知ってる。…ごめん」
「いつも言うけど、謝るなら最初から言うな」
「………ごめん。もう言わない」
嘘吐き、という言葉は胸に仕舞っておいた。
今、この瞬間だけは本気でそう思っているのだろうから。
俯いた達樹の顔を上げさせる。
というより、前髪を掴んで引っ張り上げた、と言った方が適正だろうが。
目を合わせて睨み付ける。
「あと、僕は達樹がいなくなっても普通に生きていくし、何も変わりはしないけど、何も感じないなんて思うな。思ってたら急所蹴る」
「!?な、何も感じないとは…思ってません。断じて」
「…ならいい」
ニュアンス的に、怪しい所はあったけれど、脅すのはこれくらいでいい。
本当に言いたい事はひとつだけ。
「僕の気持ちを、自分だけの定規で勝手に計るな。僕がどれだけ達樹を好きか知らないくせに、自分の気持ちの方が大きいとか言うな。僕に失礼」
「な、…なんだよ。だって絶対俺の方が凛を好きだ。殺したいくらい!」
「お黙り。僕は達樹が想像出来ないくらいには達樹が好きだよ」
「それ、って…例えば?どれくらい?」
「例え話は嫌いだって言ってるだろ。…まあ…でも、敢えて例えるなら……」
殺されてもいいくらい。
その一言は言わずにおいた。
いずれ、その時が来ればわかるのだから、言ってやる必要はない。
代わりに閉じられた瞼にひとつ口付ける。
釈然としない顔をした、その表情さえも愛しい。
その想いを、達樹が知る必要はない。
達樹が完全に寝入ってしまってから、唇に触れるだけのキスをした。
それは、あまりにも一方的な、誓いのキスに良く似た、ただの接吻け。