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金色のひまわり。

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 知り合ってすぐの呑み会で渡瀬さんに見抜かれた私と苑香は中学校からの付き合いだ。高校大学は違えど同じバイトをすることで、月曜日から土曜日は、苑香と同じ時間を仕事と生徒に追われて過ごし、時間が合えば一緒に帰っていた。
「ぴーんぽーん」
 上機嫌で私はグラスをあおる。グラスに半分程残っていた軽いカクテルを空け、テーブルに戻すとけらけら笑う。
「もう、呑みすぎなや」
 諫める苑香はオレンジジュース。大学入って、仕事初めて少ししてから、なもんで未成年ではあるけれど、苑香は真面目で未成年飲酒をしていたあたしはその正反対。……そういうのが何故か、つるむんだよねぇ。
「ほんま宮元センセと芦屋センセはニコイチですねぇ」
 にっこり笑う渡瀬先生は私らと、ちょうどダブルスコアな気のいいおっさんで、良き先輩で、頼りになる同僚で、面白い友達、だった。

「それが流れ流れていつの間にやら宮元センセは渡瀬センセの毒牙に以下検閲削除」
「……人聞きの悪いこと言わんといてくれるか。苑香さんにはまだ何もあわわわわ」
「苑香さん」
「あー……」
「苑香さん」
「何回も言わないでくださいお願いします」
 ひゃひゃ、と笑ってグラスを揺らす。かろん、と氷がやわらかく踊った。
「……ブランデー?」
 電話回線の向こうで、少し考えてから勝手に始まったクイズの回答。
「お、正解。おたうさまのブランデー。何やったかな。何かのVSOP」
「ブランデーはストレートで呑むもんです。薄めるなんてもったいない!」
「すんませんな、オコチャマなもんで」
「何がオコチャマか。……苑香さんが心配してたで。芦屋さんまた変なことしてないかって」
「変なことなんか何もしてへんよ。……楽しくお酒呑んでるだけやで?」
「…………」
 あたしはこの日、初めて渡瀬さんに嘘をついた。
 男の人と、楽しくお酒を呑んで、奢って貰って、それでオシマイ。
 間違ってはいないけれど、たぶん、渡瀬さんの質問の意図的には、間違った回答。あたしは、生徒の採点をするときと同じ赤ペンで、生徒の採点をするときよりも勢いよく大きくばっさりバツ印をつけた。


 クリスマスが終わり、次はバレンタインに向けてざわつく女の子連中。……クリスマス含む年末年始は冬期集中講座、バレンタインの頃は受験や期末試験対策を控えているというのに、こういうイベントごとには余念がないらしい。まだ冬休みも終わってないってのに、元気なこった。お前ら、そのエネルギーをもうちょっと学校の宿題と塾の宿題と休み明けの学校の実力テストと塾の模擬試験に回してくれ。
「センセーは彼氏おるん?」
 唐突に、事務室にたむろして雑談をしていた生徒の一人が無邪気な質問を投げかけてきた。先生は、生徒の質問にはきちんと答えなければいけません。
 決して張り上げたりはしない、それでも電話の音や何やらの雑音に負けないくらいの事務室に良く通る声で、
「彼氏なんかおらんよ」
 がー、がー、がー、がー。コピーの音だけが相槌を打ってくれた。あるいはむなしい突っ込み。
「あれは良くない」
 その日の夜は、珍しく渡瀬さんから電話がかかってきた。
「……判ってる。言ってから反省した」
「当てつけに言うにも、他の人にバレたらどうするつもりやったん」
 いつになく厳しい「先生」の口調。
「……ほんまに、何も考えてなかった。きっと向こうも何も思ってへんでしょ。バイトの一人にちょっかい出して、もうとっくに別れてるのに」
 はああ、と携帯電話の向こうから深い溜め息が耳に直接聞こえてくる。
「あの人もなぁ……まさかそんなんする人に思えへんかったからわたしも油断してた……」
「何で渡瀬先生が謝るのん。全然悪くないやん」
「既婚者の同僚を止める義務があった」
「そんなん、口出しして、逆に私と渡瀬先生が疑われて勤務校変えられたりしたらどないすんの。……一応向こうはある程度人事権持ってるんやし」
「すいませんね、何の権力もない平社員で」
「そんなこと言うてへんやん、私になんか電話してんと、苑香に掛けたりぃや」
 電話が来る頃には、部屋で一人やけ酒をしていたのでちょっと突っかかり気味になる。今日は何を呑んでもまずい。
 結局、どういう風に電話を切ったのかも覚えていない。

 ある日の休憩中、何故か花言葉の話で盛り上がった。国語の教材でちょっと出てきたからかな。
「渡瀬先生はひまわりっぽいな。ちょっと頼りないけど」
「じゃああんたは朝顔? 朝だけ咲いて昼にはへたるっていう」
「いやむしろ夕顔やろ」
「……えー、私六条御息所に殺されるのは嫌やー。って言うか、私の場合完全に活動時間で決めてない?」
「ばれた?」
「それで言うなら月下美人って言うてくれ」
 わざと濃淡を入れて染めた髪をカッコつけてかきあげてまで言ったのに、二人揃って、
「似合えへん」
 即答かよ。
「花言葉と手間暇掛けたらなあかん花のへたれっぷりは似てるけど、名前負けしてる」
「どーせ……」
 家に帰って花言葉をすぐさま調べたのは言うまでもない。
「はかない美、儚い恋、繊細、快楽、艶やかな美人」。
「どんだけイヤミやねん……」
 ……ピンポイントで、突っ込みを入れられた気分。物知りなのは時々意地悪だ。


 苑香と連絡が取れなくなったのは、比較的すぐのことだった。
 バイト先で会うことはあっても、携帯電話が通じない。メールの返信がない。
 仕方がないので実家に掛けると、日頃愛想のいい母親がまくしたてるように怒鳴った。
「あんた! 苑香のこと知ってたのに何で止めへんかったの! あんたなんか友達とちゃう!」
 意味が、わからない。
 苑香を止める? 何のこと?
 ……やがてそれは、渡瀬さんとのことだと知る。
 しかし、どうしてそれが彼女の両親を怒らせ、あまつさえ私の絶縁に至るのか最後まで理解出来なかった。
「……苑香さんが花も恥じらうハタチ前のお嬢さん、わたしがうだつの上がらん40がらみのおっさんだからでしょう。おまけに正社員辞めちゃったし」
 私は漸く捕まえた渡瀬さんを呑み屋に連行し、差し向いで話を聞き出した。
「ちょ、何それ。おかしない? だって年の差関係なしに仲良かったし、別に手ぇ出してた訳でもなし、渡瀬先生は身体壊して正社員から契約になったんやん!」
「それでも、正社員ではない、未婚の四十男ってのは世間的なイメージが悪いんですよ。判ってたけど」
「何で……それで、別れらなあかんの。全然意味判れへん」
「……芦屋センセは純粋やなぁ」
 ぼそりと彼は杯を乾いた唇に押しつける。
「世の中そんなキレイゴトばっかりやあらへんよ」
 さみしそうに笑う渡瀬さんこそ、儚く咲いてしおれてしまいそうだった。

 結局。
 二人は別れることになり、ほとぼりが冷めてから私の「絶縁」も解禁になった。
 運悪く渡瀬先生は別の教室に異動になり、何となく気まずいままだった私までもが何となく連絡を取り損ねていて。渡瀬先生は携帯電話を持たない主義で、夜間の電話かファックスでしか連絡が取れず、それが余計に拍車をかけていたのかも知れない。
 私と苑香は気が付いたら大学を卒業して、就職していた。
作品名:金色のひまわり。 作家名:紅染響