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本庄ましろ(公夏)
本庄ましろ(公夏)
novelistID. 5727
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最高の思い出を

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『なに、してるの?』
『……は?』
『こんなとこで、なにしてるのかな、って。』
『見てわかんね?石投げてんだよ。』
『……楽しい?』
『別にー。』

……そうだ。
僕と幸太は、ここで出会った。
あの夏に。
この古ぼけた欄干から身を乗り出して、幸太は川に向かって、拾った小石を投げていた。
ぽちゃん、ぽちゃん、と、小石が水に落ちる音が聞こえていた。
何が楽しいんだろう、って、そんなことを思いながら、僕は幸太を見つめていたんだ。

あの夏、僕は、祖父母の家に預けられていた。
それまでずっと塾や習い事できつきつの生活を送っていたのに、あの夏突然、僕は祖父母の家に預けられた。
何もかも全部なくなって、ただ僕一人がぽつんとこの町に放り出された。
あの時、両親が僕を祖父母に預けた理由は、わかっていた。
あの時僕はまだ子供だったけれど、何もわからない子供ではなかったから。
ずっと仲が悪かった両親の亀裂が決定的になったのが、あの夏だ。
友達もいない、田舎町。
祖父母は優しかったけど、僕は帰りたかった。
帰りたくて、たまらなかった。
ここは、僕の居場所じゃない。
そう思った。
そんなときに、僕は、幸太に出会った。
この、場所で。

僕はまた、歩き出した。



『……智ってさー、ほんっとにドンくさいよな。』
『っ、煩いなっ。これでも僕は体育もクラスで一番だよっ。』
『うわ、クラス一番のくせにそのドンくささ。都会の奴ってみんなそうなんだ。』
『幸太煩い、すぐ行くから黙って待ってろ!!』

あの橋で出会った幸太は、あっという間に僕の友達になった。
お互い、橋で出会った時の第一印象は、変な奴。
それでも、僕たちは、友達になった。
幸太は、それまで僕が知っていたどんな友達とも違った。
帰りたくてたまらなかった、今ならわかる“憂鬱”だった僕の夏の色が、幸太と出会った日に、変わった。

相変わらず、そこには木が沢山横たわっていた。
ひょいひょいと器用にその丸太を超えていく幸太を、僕は必死で追いかけていた。
悔しくて言い返したけれど、あの頃の僕は、本当にドンくさかった。と、思う。
……まあ、本当に都会っ子だったから、ある意味仕方ないのかもしれない。
こんな場所、都会にはない。

あの頃僕が進むことすらまともに出来なかった道を、今の僕が歩いていく。



『ほら、智、そこに手をひっかけるんだって。』
『そこって、どこ!!』
『そこだよそこ!!』
『どこだよー!!』
『あーもー、ほら、手貸せよ、引っ張り上げてやるから。』

あの夏必死で登った木。
10年分年をとったけれど、その木はまだそこにあった。
幸太は、木登りも上手かった。
どんな木でも、ひょいひょい登っていった。
そういえば、猿みたい、って言って怒られた記憶もある。
そんな幸太を僕にはとても真似できなくて、そんな僕の為に幸太が見つけてくれたのがこの木。
この木なら、僕でも簡単に登れる、と。
実際には、そんなに上手くは行かなくて、やっぱり僕は何度も木から滑り落ちたけど。
最後には、幸太が僕を引っ張り上げて、どうにか僕も木の上に収まった。
どうだろう、今なら上れるだろうか。
木に手をかけて、やめる。
子供の体重なら支えてくれた木も、今の僕のことは支えきれないかもしれない。
僕は、そっと幹を撫でた。
確かに、あの夏から、10年の時が経っていた。

僕は、木を背にして歩き出した。



『ほら、こっち。』
『危ないよ、真っ暗なんだから。』
『大丈夫大丈夫。お、智、ここ!!』
『え?どこ。』
『ここだって。ほら、見てみろよ。』
『え?あ……蛍だ。……あ!!』
『……うわぁ……!!』

あの夜、僕は、祖父母に黙って夜中に家を脱け出した。
お前が絶対見たことないものを見せてやる、と、幸太がそう言ったからだ。
そして、ここに来た。
真っ暗な森の中を、僕と幸太の懐中電灯一本ずつで足元を照らしながら。
僕は、どきどきしていた。
祖父母に黙って家を脱け出したこと、真夜中にこんな森の中を歩いていたこと。
何か危ないことがあるかもしれない、って、そう思ったのは嘘じゃない。
でも、その時僕が抱えていたどきどきは、不安じゃなかった。
ただ、楽しくて、幸太と二人きりの秘密は、心地よかった。
幸太がめくった葉の裏では、一匹の蛍が優しい光を放っていた。
そして、その蛍が飛び立った瞬間、僕たちは、幻みたいな沢山の蛍の光が舞う中にいた。
僕と幸太を包むように、沢山の蛍が飛び交っていた。
あんなにも沢山の蛍を見たのは、あの時が最初で最後だ。

あの日は、家に帰って祖父母にみっちり叱られた。
翌日は、遊びに来た幸太も一緒に叱られた。
普段は優しい祖母が、その時ばかりは怖かった。
それでも、僕と幸太はこっそり、顔を見合わせて笑った。
楽しかった。
今もこの場所は、夜になるとあんなふうに蛍が舞うのだろうか。

今の僕はもう、たとえ夜中にこの場所に来ても、あんなふうには叱られない。



『幸太?どこ?』
『こっちこっちー。』
『だからこっちってどこ!!』
『ほらほら、こっちだぜー。』
『幸太!!』
『ここだよここっ。』
『……幸太!!』
『ほら、捕まえてみなー。』
『絶対捕まえる、待て幸太ー!!』

あの時、僕と幸太が埋もれてしまった草原。
幸太は隠れるのが上手くて、いつでも僕は追いかけるほうだった。
僕が隠れても、あっという間に幸太は僕を見つけ出してしまう。
でも、僕は幸太みたいにはできなくて、だからいつでも僕が鬼。
楽しそうな幸太の笑い声だけを頼りに、僕はこの草原を駆け回って、いつでも必死に幸太を追いかけていた。
そういえば、あの頃はいつも、僕が追いかける側だった気がする。
幸太は僕より色んなことを知っていて、僕では敵わないことばかりだったから。
あの頃、簡単に埋もれてしまえた草原は、今の僕では到底隠れられそうもない。
それでも、鮮やかな緑の葉が生い茂る草原は、綺麗だった。
吹き抜けていく風が葉を揺らし、ざわざわと音を立てた。
息を吸い込むと、良い匂いがした。
懐かしい、夏の匂い。
あの夏と同じ、夏の匂いだった。

夏の匂いをいっぱいに吸い込んで、また歩き出した。