白銀蒼子
(あの子、一体誰なんだろう。私に似ていたけど、私じゃない)
小鳥は夢の中で見た白い着物の少女を思い出しながら、うとうとしていた。
(眠い。あの夢のせいでよく眠れてないのかな)
小鳥の意識はそこで途切れ、深い眠りの中へと落ちていった。
「ここはあの夢の中?」
小鳥はまた同じ夢をみているようだった。真っ暗な闇の中で1人たっていると、ふいに誰かに呼ばれた。
『小鳥』
小鳥が後ろを振り返ると、あの白い着物の少女が立っていた。少女の体ははっきりとは見えずに透けていた。
『初めまして、小鳥。私は蒼朱と言います。ずっとあなたにお願いしたいことがあったの。やっと会えたわ』
蒼朱はとても嬉しそうに笑った。
「願い事?」
『そう。時間がないから簡潔に言うわね。始と終を救ってほしいの』
「始?終?」
小鳥は少女の言うことが分からなかった。いきなりそんなことを言われても理解できなくて当然だった。
少女は両手を合わせて続けた。
『お願い。あなたにしかできないの。あなたは私と――だから』
「え、よく聞こえないわ」
『お願い――ど――か――私と始斗のよう――ならないで』
「ちょっと待って」
聞こうとすればするほど少女の声は遠のいていき、透けていた体もついには消えてしまった。
暗闇に1人残された小鳥は空しさで胸がいっぱいだった。
「私は・・・どうすればいいの」
最後の一言を発するのと同時に、小鳥は目を覚ました。
あたりを見回すと、いつもと変わらない教室だった。生徒は誰一人おらず静まり返っていた。
窓から暖かな太陽の光が差し込んでいた。
「あ、やっと起きたの」
美弥子が教室の入り口から顔を出した。
「みんなは?」
「とっくに帰ったわよ。今日、午前授業でしょ。あんた、なかなか起きなくて心配だから、こうして部活にも行かずに待ってたの」
美弥子は呆れた様子で言った。手にはラケットが握られている。
「ごめん。もう大丈夫だから部活に行って」
「あいよ。気をつけて帰りなよ」
「うん」
美弥子はラケットを肩に背負い、廊下を走っていった。小鳥は美弥子を見送ると、鞄を手に取り校門へと急いだ。
校門を出ると、部活動をやっている生徒たちの生き生きとした姿が目に入った。
歩き始めた小鳥が向かう先はあの森だった。朝、通りかかったときに見た木と夢の中の少女の傍にあった木が同じような気がしたからだった。
(あの木以外に心当たりがないもの)
小鳥は誰かに呼ばれるように足を速めた。
過ぎ去っていくいつもと変わらない風景がもう二度と見られないことなどこのときは知る由もなかった。