小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

白銀蒼子

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 

Episode.1 少女の悪戯



月明かりが闇に染まった街を照らしていた。夜空にはまんべんなく散りつめられた星たちが輝きを放っていた。
街並みのはずれに古びたアパートがそびえ立っていた。街に新しいマンションが建ったため、そこに移り住む人たちが多くなった。
今では数人のお年寄りや物好きが住んでいるのみだった。
そんなアパートの一室に1人の少女が住んでいた。少女の名は小鳥。彼女の両親が小鳥のように可愛らしく育つようにという願いをこめてつけた名だった。
小鳥は今日も小さな寝息をたてて、夢の中にいた。彼女は毎夜、同じ夢を見ていた。
「ここはどこ?真っ暗で何も見えないわ」
小鳥はいつも真っ暗な闇の中にいた。手探りしても何も掴むことができない静かな闇。だが、不思議と怖くはなかった。
突如、真っ暗な闇に光が差し込んだ。光は円を描くように現れた。
小鳥がその光を不思議そうに眺めていると、光の中に人影が現れた。その人影は小鳥と同い年くらいの少女のものだった。少女は白い着物を着て、透き通るような灰色の髪を腰まで伸ばし、大きな木の前で泣いていた。いつもは見えない少女の顔が今日はよく見えた。
「え?」
小鳥は少女の顔を見て驚いた。彼女の顔が自分とよく似ていたからだ。ただ、小鳥と違うのは瞳の色だった。小鳥が透き通るような青い瞳になのに対して、少女は緑の瞳だった。
『始斗、始斗』
少女はいつもと同じように泣きながら小鳥が知らない誰かの名前を呼んでいた。
『助けて、誰か助けて。始斗がいない世界になんて生きたくないわ』
少女の泣き声は次第に小さくなっていった。少女の絶望しきった顔を見て、小鳥は胸がしまるような思いに駆られた。
「ねえ、あなたは」
小鳥が少女に声をかけようとした時だった。いきなり光の輝きが増し、目を開けていられなくなった。
小鳥は咄嗟に両腕を交差して顔を覆った。
目を覚ますとそこは自室のベッドの上だった。眠い目をこすり、上半身を起こして周りを見ても何の変哲もない風景が目に入るだけだった。
「あれ?私、何で泣いているの」
小鳥の目からは何故か涙が頬を伝って流れていた。パジャマの袖で涙を拭って、ベッドから立ち上がった。
壁に立てかけてある時計をみると、針は七時半を指していた。
「急がないと遅刻する」
急いでタンスから制服を取り出し着替え始めた。紺のブレザーにスカート、青いチェックのネクタイをつけた制服はシンプルなものだったが小鳥は気に入っていた。
身支度を終え、キッチンに向かい、冷蔵庫からいくつかの材料を取り出して朝食を作り始めた。何年も自分で一日のご飯を作ってきたので、手つきは手馴れたものだった。
テーブルには次々と、料理が並べられていく。バターロールに目玉焼き、コーンサラダ。仕上げに紅茶をマグカップに入れて朝食は完成した。
小鳥はいすに座り、軽く一礼してから食べ始めた。1人で食べるご飯は最初のうちは味気ないものだったが、慣れてしまえば平気だった。
小鳥はきれいに片付けられた食器を流し台に置き、玄関脇に置いた鞄を手に取った。
靴を履き、靴棚の上においてある写真たてに軽く一礼してドアを開けた。
「いってきます。お父さん、お母さん」
小鳥は朝のすがすがしい空気を吸い、アパートの階段を降りた。


小鳥の両親は小鳥が幼い頃、交通事故で亡くなった。あまり記憶には残っていないが、優しい両親だったことは覚えている。
二年前までは母方の祖母が小鳥を引き取って育ててくれたが、その祖母も病気で他界してしまった。両親と祖母が小鳥のために有り余る資金を貯蓄していたおかげで今の1人暮らしが成り立っている。両親にも祖母にも長生きをして欲しかったが、小鳥を想い、残してくれた資金があるだけでも小鳥は感謝していた。
両親がいないことは寂しかったが苦しくはなかった。両親も祖母も、自分を愛してくれたという想いだけで十分だった。
アパートから住宅街への通学路を歩き続けていた小鳥の足が止まった。
「うわあ、すごい」
小鳥は目を輝かせて感嘆の声をあげた。小鳥の目の前には草や苔の生えた古びた階段があり、その両隣には木々が生い茂っていた。そして大きな樹が階段の下から見えた。
大樹は朝日を浴びて輝いていた。その一角だけがまるで森のようだった。
「今まで気づかなかった。こんな素敵な場所があったのね」
小鳥は左腕にした腕時計を見た。学校のチャイムが鳴る時刻が迫っていた。
「放課後にしよ」
はやる好奇心を押さえ、学校への道のりを歩き始めた。住宅街を抜けると、同じ制服を着た人たちがたくさん見えた。
その人たちの行く先には真新しい校舎が建っていた。小鳥も人ごみに紛れて校舎へと向かった。
校舎に入ると、下駄箱が一列に並んでいた。生徒たちはそれぞれの靴箱で上履きに履き替え教室へと散っていた。
小鳥も自分のクラスの下駄箱の前で靴を脱ぎ、下駄箱に入れようとして手を止めた。
「どうか何もありませんように」
開ける手に力を込めた。願いを込めてロッカーを開けると、何通かの手紙が音を立てて落ちてきた。
小鳥はそれを見てため息をつき、しゃがんで手紙を拾い始めた。
「お、今日もよく入ってますねぇ。小鳥」
「美弥子」
小鳥が顔を上げると、隣に長い綺麗な黒髪を伸ばした少女が立っていた。美弥子は落ちている手紙を見て楽しそうだった。
「毎日、ラブレターが入っているなんて羨ましいですわ。モテモテの小鳥サン」
美弥子はふざけた口調で小鳥に言った。うらやましいというよりは面白がっている様子だった。
「代わってあげようか?」
「それは遠慮する。まあ、いいじゃない。男子だけでなく女子からも好かれているんだし」
美弥子の言うとおり、小鳥はさっぱりした性格で、女子からも好かれる人柄だった。
毎回、告白されるのも面倒くさがらずにちゃんと返事を返すところも好かれる要因かもしれない。
小鳥は手紙を鞄にしまい、靴を履き替えて教室へと歩き出した。
「ちょっと待ってよ、小鳥」
美弥子も慌てて靴に履き替えて小鳥の後を追った。


教室へと続く廊下は生徒たちの活気に満ちた声が響き渡っていた。生徒がおしゃべりに夢中で楽しそうな顔がちらほらと見えた。
小鳥と美弥子はそんな生徒たちの間をすり抜けて「2-3」と書かれたプレートのある教室に入った。
登校時刻が近づいていたため、教室には多くの生徒が集まっていた。
小鳥は窓際の一番後ろの席に腰を下ろした。美弥子は小鳥の前の席に座った。
「おはよ、涼宮に神田」
小鳥の隣の席の少年が笑顔で挨拶してきた。前者が小鳥、後者が美弥子のことだ。
「おはよう、魚沢君」
小鳥も少年に挨拶を返した。少年の名は魚沢雪千。茶色のくせっ毛のある髪に藍色の瞳をした笑顔の似合う少年で小鳥同様、人気者だ。
「今日も可愛いな」
「ありがとう」
小鳥はどう返事をしたらいいか分からず、とりあえずお礼を言った。
同時にチャイムが鳴った。廊下からは急いで教室へと戻る生徒たちの騒がしい音が聞こえた。
ドアを開けて出席簿を持った先生が入ってくると、教室にいる生徒も各々の席へとついた。
小鳥は窓の外の景色を眺めながら上の空で耳を傾けた。
緑の葉が風に揺られて散っていく様を眺め、夢のことを考えていた。
作品名:白銀蒼子 作家名:夏央