大人のための異文童話集1
だけど、涙。
拭くためのハンカチは、もう使っちゃったよ。
ボクだけの大切な宝物、きっとキミは眠り姫なんだね。
ボクだけが知っているお気に入り。
だけどキミはいつまでも眠り続けるだけ。
どうせ掘り出すことが出来ないのなら、いっそ、もっと深くに埋めてしまおう。
そう。誰の目にも見つからないように、もっともっと深く深く埋めてしまうんだ。
ごめんね眠り姫、キミが待つ王子さまはボクじゃない。
でもボクは、キミが待っている王子さまには絶対会わせない。
こうしていつまで眠たままでも、キミはもう、このボクだけのものなんだ。
ボクは今度は土を埋め直す。
それから周りを、できる限りの力を込めて足で踏む。
掘り起こす前よりも、少し盛り上がってしまって不自然に見えぬよう。
そして土の表面を手で叩いて、手で撫でて…乾いた土もかけないといけない。
こうして絶対に眠り姫は誰にも渡さない。
ボクは絶対に後ろは振り向かない。
そうさ、決してその場所を自分で教えるようなことはしないんだ。
今までの時間。
何もなかったように袖で涙と鼻水を拭いて、血だらけになった手はしっかりと、誰が見ても分からないようにポケットの中に隠す。
血まみれになった空を見上げて、口笛を吹きながら歩くんだ。
そうしないと、涙から溢れてしまうから。
とっても残念だけどこれでいいんだ。
少なくともボクだけが、眠り姫のことを知ってるんだから。
血まみれの手を入れたポケットの中には、握ってほんの少しだけ温かくなった、ボクの一番のお気に入り、眠り姫が残したカケラがある。
ほんの小さなカケラだけど、大切なボクだけの宝物。
それは刹那だけど、眠り姫がボクだけに残してくれた夢への扉だったから。
作品名:大人のための異文童話集1 作家名:天野久遠